第6話 月と尻尾とベッド
「・・はむ。ふむ」
「・・・・・・・・・・・」
「はむはむ」
「・・・・・・・・・・・」
「ふむ。まあまあ満足できるの」
「それはどうも」
興味深げに僕の指を咥える狐。
「それにしてもなぜ指を咥えさせたのじゃ?」
「なんとなくです」
代替案を提示しろなどと急に言われても何も思いつくはずがなく。
自分でもなぜかはわからないが口に指を突っ込むという暴挙に走った。
「まあ良い。これでしばらくは大丈夫じゃろ」
僕の指から口を離す。唾液でベトベトになった指を、涙を流しながら舐める。
一週間は持つって言ったのに・・・もうお腹が減った・・・。
生きるためには、仕方がないのだ・・・・。
兎にも角にもなんとかなってよかったよホント。まだ僕のバージンを散らすには早い。
「ふむ。貴様にしておくべき話はもう全て済んだの。何か聞きたいことはあるかの?」
あります、そりゃもういっぱいありますとも。しかし今これ以上頭に情報を詰め込まれてもどうしようもないので、「特に無いね」と言う。
「あ、大事なことを忘れておった。白よ、貴様はもう元いた場所には帰れぬ。この社に住んでもらうが、よいかの?」
「了解ーっす」
「なあなぜそんなノリが軽いのじゃ」
「狐だって軽いノリで言ったじゃん」
そういう問題でなくての、と呆れた顔で続ける。
「言っておくが、貴様は人間でなくなった。もう人としての暮らしはできぬのじゃぞ?」
「わかってるよ。仮に帰れって言われてもなんとかここに居候できるようしがみつく気だったし。丁度いいよ」
僕の言葉を聞いて、狐が眉をひそめる。
「家族が嫌いなのか」
「いや、家族ってより人間が、かな。元人間として言わせてもらえば、人間より醜い生き物はそういないぜ」
「ふむ。本当に変わっておるのう」
「それはどうも」
「まあよい、深くは聞かぬさ」
そう言って、僕の手を握る。
「うぬの過去がなんであれ、今の貴様は妾の旦那じゃ。精々幸せにしてやる」
手を握ったまま、明るい笑顔を僕に向けて言う。端麗な容姿が、その笑顔の破壊力を余計に増す。
「・・・・そりゃ、どうも」
少しどもってしまった。
「お?なんじゃ、照れておるのか?なんじゃなんじゃ、愛い奴め」
カッカッカと高笑いを上げる。
生まれて初めて、誰かに話しかけられたような、そんな気がした。
「では白よ、明日からはキリキリ働いてもらうからの。今のうちに部屋に入って休んでおくがよい」
「僕の部屋があるの?」
「ああいや、妾の部屋じゃがの」
「そんな気はしてた」
案内された部屋は、意外にも狭かった。大きなダブルベッドが一つ置いてあるだけで他には何も置かれていない。
「随分と簡素な部屋だな。クローゼットとか無いの?」
「服の類も術で出したり消したりできるのじゃ、わざわざ実物を置いておく必要はない」
なんて便利な。
「ということは僕も自分で服出したり消したりできるの?」
「いや、妾が特殊なだけで、貴様はできぬぞ」
「え、着替えとかないんだけど」
しまった。居候するにしても生活必需品が何もないじゃんか。
「あー確かにの。妖怪とはいえ代謝は普通にある、同じ服を着続けるのは気色が悪いじゃろうな」
しょうがないと、狐は印?のような何かを手で結ぶと
「ほれ」
と、男物の服一式に、歯ブラシやタオル、その他生活必需品諸々が紫の光の中から現れる。
「いやなんてチートだよそれ。てか実物なの?化かされてない?」
「普通の狐や狸だと幻覚な場合はあるがの。妾はそれらと一線を画す力を持っておる。想像したものを実体化させるぐらい苦労する程のものでもないぞ」
すごいな、と素直にそう思う。無人島にもし飛ばされるなら彼女を連れていきたいね。
「じゃあ、ありがたくこれらは頂いておいて。この社にお風呂場はあったりするかい?」
「あるぞ。用意しておくから、貴様はしばしここで休んでおれ」
「ではお言葉に甘えて」
部屋から出ていく彼女の背中を眺めきった後、ベッドにダイブする。
ようやく得られた落ち着ける時間ではあるが、今までの出来事で体力が軒並み吸われているため、すぐに眠気が襲う。
「そういや今何時なんだろう」
部屋の中の小さな窓から外を確認すると、丁度夕日が落ちている。これは、僕が丸一日意識を失っていたのか、それとも半日失っていて夕方になったのかどっちなんだろう。
「まーどっちでもいいさー」
そう言って、薄れていく意識を完全に手放す。
「起きよ、準備ができたぞ」
気がつくと、ベッドで寝転んでいる僕のすぐ横に顔を近づけている狐の姿があった。
今彼女をみて気がついたのだが、九つあった尻尾が一つ減って八つに減っている。減った一本は僕が首に巻いているものだろう。
「お風呂?」
「そうじゃ、ついてこい」
言われた通りに立ち上がる、転がっている着替え用の衣服とタオルを拾い、ついていく。
案内された風呂場につき、脱衣所に衣服を脱ぎ捨て風呂場の扉を開ける。
「わお」
驚きのあまり思わず口に出す。そこはもはや、風呂場というよりも銭湯と形容するのが正しいほど広かった。
自室よりも何倍も大きい部屋ってどうなんよ、とか思いつつ湯に浸かる。
「ふぃーーーー」
丁度いい温度の湯が僕を包む。うっかりすると気持ちが良すぎてこのまま眠ってしまいそうだ。やはり疲れた後に入る風呂は格別だな。
風呂場に照明はなく、全体的に暗く、窓から差し込む月の光だけが僕を照らす。なんというか、幻想的だ。写真にとって保存しておきたい景色ではあるが、カメラなど生憎持っていないので、記憶にしっかりと残しておくことにする。
「白よ」
入り口の方から狐の声が聞こえる。
「どしました〜?」
呼びかけに返事を返す。
どうかしたのだろうか。
「入るぞ」
「待って」
待ってよ。
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