一件落着

「探せ! あいつはどこに連れて行かれた!」


 戦乙女アルミテラの憤慨と怒声に部下たちは戦々恐々としている。


「草の根を分けてでも見つけ出せ! 生死は問わん、生きて連れて来い! 私が直々にぶっ殺してやる!」


 言っていることも支離滅裂だし、何よりどこを探せばいいのかわからない。情報がなく捜索班を編成することさえ難しいのだ。

 こうなると部下たちは要領よく上司の機嫌をとる。はっきりいってアルミテラは舐められているのだが、それも信頼と尊敬の現われである。戦闘では彼女以上に頼れるものはないのだが、心配性で怒りっぽいこの女は、部下たちによって宥められ、


「どこにいるのかもわからないから、とりあえず待機。このことは他言無用也」


 と、問題を前にして居直った。図太いところもあるし、正論には素直に頷く。将領として素質があるにはあった。

 どうぞとお茶を淹れてきた部下に礼をして、手持ち無沙汰になった頃、彼女の執務室に飛び込んでくる戦乙女コルメアとケイト。彼女らは最小戦闘単位であるペアを組んでいる。


「隊長ー。不審者が隊長に会わせろと」

「ジカルドか」


 勝手に出ていってしまった蛇口にいきり立って、騒々しくコルメアの後に続いて玄関まで行くと、蛇口と見知らぬ女がいる。黒いパンツスーツの美しい女だ。


「貴様ァ、勝手に出て行くとはどういう了見だ」


 詰め寄り一発張り手でもかまそうとすると、それより早くケイトが打った。アルミテラの振りかぶった手はコルメアが抑えている。


「いい部下をお持ちで」


 痛そーと呑気を口に出す蛇口の後ろにいる女、アルミテラは苛立ちをごまかすためこめかみを押さえながら、


「あなたは」


 と、できる限りの笑顔で問いかけた。


「私は、まあ名乗ってもいいか。ミーシャライ・ヨゼルよ。よろしく」


 アルミテラは握手に応じたものの、得心がいかない。


「失礼ですが、ジカルドとはどんな関係が」

「そのことで伝えるべきことがある。部屋に通してくれ」


 任せておけと蛇口は視線で合図した。


「元よりそのつもりだ。ケイト、お前らは部屋の前。いいな」

「じゃあ誰が室内警備を」

「イェスナーとサナだ。素振り以外の仕事も思い出してもらわねば」


 世間では戦乙女といえば宛転蛾眉の女豪傑が想像されるが、間違いではないにせよ、意味通りの人物ばかりではないらしい。


「それで、あの吸血鬼はどうなった。詳しいことは聞けたのか」


 アルミテラは落ち着いている。部外者の謎の女がいるから威圧感も控えめに、本人は大人の女性というイメージで聴取に入った。


「ああ。なんということもない、美琴の、フォルトナが原因で俺は転生したが、それを助けたのはあの吸血鬼だ。判事殺しは奴のせいだ」


 名をロレックという。奴が判事を狂わせ殺した。蛇口はそう報告した。


「フォル、はあ、あの人はいつも面倒だ面倒だと寝ているくせに、自分が一番厄介だと自覚がないのか」


 運命の神として幾多の人間を眺めていたフォルトナは、人間と密接な関わりを持つ戦乙女と繋がりがある。死期の近い英雄に戦乙女を派遣し、その魂に神格を与えるというのも業務のうちだった。

 だがフォルトナはまともに仕事をしたためしがなかった。現在の暮らしぶりと変わらず、ほとんどが惰性であった。そのために戦乙女の勢力が大きくなったので、感謝する必要はないにせよ、多少のいたわりは持ってもいいかもしれない。


「はっはっは。美琴も阿呆だが、奴は愛すべき阿呆だ。それに比べてロレックはまあひどい男だったよ」

「始末したのか」

「したとも。方法は聞くな、蛇口流は少し荒っぽい」

「聞かないよ。お前の性格はともかく、腕は信頼してもいい。それと、よろしければヨゼルさん、あなたの事情も聞いておきたいのだが」

「俺から説明する。ロレックは俺を寂れた酒場に案内した。ウェストリードのどこかだ。彼女はそこの給仕でな、この見た目だ、奴は彼女を襲おうとした。恐怖でひどく傷ついていたし、何より酒場はめちゃくちゃになったから職も失った。放ってもおけず連れてきたのだ」


 よくもまあこんなデタラメを。と、息を吐くかのごとく嘘を吐く蛇口に苦笑いしかできないヨゼルは、仕方なしと付き合った。


「私、怖くて仕方がなかったんです。蛇口さんがいなかったらと思うと」


 体を震わせ涙を浮かべた。彼女もなかなかに役者である。


「それは大変だったでしょう。少し休んで行きなさい。そのうち人界に送りとどけます」

(少しは疑っても良さそうなもんだがなあ)


 デタラメを言った蛇口の方こそ不安になる程アルミテラは信じきった。


「あの、ではどうやってここまで来たのでしょう」


 警備のサナは上司とは違い、鋭い。


「悪いが自分の手の内は明かせんよ」

(わ、上手に逃げたね)

「まあいいさ。何はともあれ解決したんだから。ヨゼルさん、あなたはウェストリードに送り届けます。当面生きていけるだけの小銭と、しばらくはそれとなく護衛もつけますので安心してください」

(監視か。しかし金までとは随分羽振りがいいな)

「そんな、申し訳ないですよ。送ってもらえればそれだけで十分です」

「いいえ。心のショックもさることながら、女一人で何かと心細いでしょう。娯楽の提供ができなくて心苦しいほどですが、我々の懐事情の問題もあり、申し訳ないが我慢していただきたい」


 丁寧というか、哀れさすらある告白である。ヨゼルも頷くしかなかった。


「サナ、イェスナー、送ってやれ。テキパキ動け、私語は慎め、帰路は素早く、絶対に任務違反をするなよ。あとで指示をまとめた紙面を用意する」

「りょ、了解です」


 凄まじい圧力である。こちらへと促されヨゼルは席をたった。


「ありがとう、蛇口さん。また会えますよね」

「もちろんだとも。それまで健やかであることを願う」


 アルミテラは礼儀として起立で見送り、出て行った後は深いため息で座り直した。もたれが軋むほど脱力している。


「面倒をかけたな」


 蛇口がそう言ってもアルミテラは天井を見上げたままだ。


「短い付き合いでもないが、まああそこで白状するはずもないよなあ」

「なに?」


 アルミテラは視線だけ蛇口に向けた。


「下手な嘘だ。私があれが見抜けないとでも? 冗談だろう」


 吸血鬼をかばうとは。憎々しげではあるが、それはその行動にではなく、蛇口が正直に言わなかったことへの恨みらしい。そして親しげだったことも気に入らない。


「ほー、馬鹿のふりがうまいじゃないか」


 蛇口はしらを切ることもしない。


「匂いが同じだったからすぐにわかったさ。それにかばうに足る理由があるのだろう、くだらない理由が」

(なかなか俺をわかっている)


 にやけた蛇口は身を乗り出し、仰け反っているアルミテラへ小さく手招きした。顔を寄せろというのである。


「なんだ」

「本当にくだらないぞ」

「言ってみろ」


 くくくと笑う蛇口、アルミテラはつられまいと顔をしかめた。


「単純な話だ。奴がいなければ帰ってこれないからさ」

「疑うまい。何が手の内だ馬鹿馬鹿しい。それだけではあるまい」

「あの面を見ただろう」

「見た。それがどうした」


 密談の調子だが、その内容は薄っぺらく、街角の噂話のようである。


「女のお前から見てどうだ」

「はあ? いや、まあ美人ではあるが、少し胡散臭い。影のある女といえばいいか、血の匂いもするし、堅気ではない。そんな感じだ」

「だろう、美人だ。言ってしまえばそれだけだ」

「馬ァ鹿、お前、いつか後ろから刺されるぞ」

「挿すのは俺の専売よ」


 こんな冗談を抵抗なく受け入れるのはアルミテラくらいしかいない。巡ではこうはいかないので、やや張り切る蛇口である。


「さすってどうやって。お前は女だろう、ジカルドちゃん。可愛いスカート、長い髪、溌剌とした女学生だ」

「けっけっけ。古今無双の戦乙女よ、純潔ばかりのお前らには珍しいかも知れんが、男には」

「私らとてすることはしている。第一、ナーシレとフォルカを手篭めにしたこと、忘れてはいないからな」

「わはは、それで、お前は?」

「お前がそれを言うか?」


 蛇口は机の上にひらりと乗った。スカートをめくり下着をずり下げた。やめろと言われる前にやってしまおうという下衆い魂胆である。


「ほれ、ご開帳!」


 言葉もなく、アルミテラはとある一点に釘付けになった。でろん、とぶら下がったジカルドが、天井には何があるかと気になって、自然つられたアルテミラ、ぱったり蛇口と目があった。


「お、お前、これ」

「おっとここまで。続きは褥の上で」


 アルミテラが文句をつける前にそれをしまった。これほど歪んだ笑顔も珍しい。


「な、ジカルド、え? それは」

「ジカルドよ。可愛いスカート、長い髪、溌剌としたジカルドを提げた、女学生の蛇口無心だ。驚いたか」

「驚くも何も、いやあ、これは。じじいだったくせに、そうかそうか。して、お前を他人に紹介するときにどうすればいいのか」


 頭が真っ白になっていて、どうでもいいことしか思いつかないらしい。


「友人でも恋人でも、遊び相手だとでも好きにしろ。ただし、この姿だから、彼女はとするのが概ね正しい」

「ん、んん、まあどう見ても女だが」

「胸もある。お前には負けるが」

「女の魅力はそこだけじゃない。いやそんなことはどうでもいい、要はお前がそういう女だということだろう。驚きはしたが、ふん、大したことはない」


 この現実を受け入れるスピードの凄まじさに蛇口は感服しつつ、


「さて、懐かしい友との談笑を切り上げることのなんと勇気のいることか、しかし俺の新たな友が待っているかもしれん」

「お前に友人が? なんとも奇特な奴らだ」

「いるのさ。どいつもこいつも可愛い連中、しかし筆頭がそれを言ってはなあ」

「馬鹿」


 アルテミラは蛇口の腕を引いた。


「早く帰って友を安心させてやれ。それとフォルトナによろしく」


 中庭には見知った顔がいくつもある。剣の稽古の途中である。


「場所を空けてくれ。送り返すから」

「え、百叩きじゃないんですか」

「こら。ケイト」


 敵味方に別れてはいたが、蛇口の思い出は親友とのじゃれ合いに変換されている。おそらくはどちらもそのようあ心境であったからこそ、戦乙女たちにはなんとなく惜別の気配があった。

 世界間転送魔法により蛇口の体は光に溶け始める。


「それじゃあ、また八十年後に」

「管轄が違う。別な奴が行くはずだ」

「大群率いて来てくれ。騒々しくな」

「話を聞かん奴だ」


 全身が光に包まれ、蛇口は消えた。ぞろぞろと見物していた戦乙女たちはそれぞれするべき仕事に戻った。アルミテラはしばらく光の名残を見つめてから、執務室へと引き返す。


「まるで嵐だ」


 大きく伸びをするとこの数時間の苦労がばきばきと骨を鳴らす。だらしなくあくびをして、仮眠室へと足を向ける。午睡にはうってつけの陽気であった。

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