よくやった


 スピーカーが進行のアナウンスを告げる。


「表彰式に移ります。整列の可能な生徒は舞台まで集合してください。日程通り十分後に表彰式を始めます」


 整列したのは黒辻班だけである。良順はもう姿を消しており、準決勝で戦った尾崎たちも負傷のためいない。学園長の篠塚健太郎と他の数名の教師だけが並んだ。


「表彰状授与」


 篠塚は優しい微笑みで戦場のような舞台にいる。黒いシングルスーツ、同色のベルトと靴、背はこの歳の平均よりずっと高く肩幅もある。風景として調和が取れていた。

 優勝おめでとう、と賞状を黒辻に渡す。

 両手でそれを受け取るのだが、篠塚は手を離さない。見上げると優しい瞳が黒辻を撫でている。


「ありがとうございます。それで、あの」

「なるほど、荒れましたねえ」


 篠塚は死ぬ間際の老人のようにそっと微笑んだ。そっと賞状は黒辻に授与されて、割れんばかりの拍手が巻き起こる。


「騙し討ちから始まって、試合を凄惨にして棄権を増やし、戦わずにして勝利を得る。そして犠牲は最小限。素晴らしい試合でした」


 篠塚はそう評したが、黒辻にはその自覚がない。蛇口の奇襲と火素の実力だけを頼みにして、黒辻本人は与えられた自分の敵を斬っただけだと思っている。


「私は何も」


 謙遜ではなく、正直にそう言った。その肩越しに火素が顔を覗かせる。私にも一言、とはしゃいだ。


「引っ込め赤毛。そいつのより、俺の評の方がよほど含蓄に溢れているわ」

「それをいうなら、私の評をきくべきだろう」


 相変わらずの蛇口と巡である。さらに、どうしてそんなことをいうのかと、詰め寄ったりもしない黒辻たち。言うがままに放っておくと、


「ともかく、よくやった。学園長、あんたはそう言いたいのだろう? わかっている、あんたもご苦労だった。な、これで終わって、早く帰らせてくれ」


 腹が減った。酒が飲みたい。二人の異世界からの来訪者は、とことんまで自由奔放だった。

 篠塚は大いに笑って、


「よろしい。ともかくよくやった。そう、これが言いたかった」


 と、茶目っ気たっぷりに表彰式を締めた。

 そして閉会の挨拶となり、黒辻たちには椅子が与えられ、もうしばらくの辛抱だと、巡などは黒辻にあやされている。


「まずは参加した全員の健闘を称えます。大会であるとはいえ、勝敗などはただの結果であり己を高めるのにほんのわずかな影響しかない。意味はなくとも、箔が付く。坂々学園の一年生諸君、きみたちが、きみたちの世代で誰が一番強いかと問われれば、その答えはまずこの四人に絞られるといって差し支えないでしょう」


 指笛、罵声、拍手に嬌声。同期たちは自分たちの代表である黒辻班へ祝福と少しの嫉妬や憎悪で彩られた喝采を、上級生たちは、俺たちほどではないと侮りのある、しかし祭りの主役への敬意を払った応援で祝福した。


「いい気分だ」


 火素の素直な気持ちが溢れた。手を振って応え、薄汚いスカートを翻す。選手退場のアナウンスがかかっても、しばらくはバク転などして注目を集めていたが、篠塚にやんわりと注意され渋々舞台から降りた。

 振り返ればまだ良順の刃が飛び、氷澄の蹴りが冴え、会津の殺気が蠢いているような気もして、蛇口は恐ろしくなって誰よりも足早だった。


(次やれば、俺は死ぬかもしれん)


 臆病が取り柄の、それゆえに大胆で、無茶と繊細を備えたこの無敗の女は、閉会式が終わった時、戦いは終わったのだと実感した。

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