流れ星

「山暮と浜野が言うには強敵らしい」


 すぐに黒辻たちに伝えた。準決勝はどちらもすぐに終わり、昼の休憩を挟んだ午後一番で決勝戦だ。


「らしいね」

「良順左倉。ああ、いつも怒っているあいつだ」


 黒辻はその名を知っていた。火素も頷いた。


「流れ星だろ? 背が低くてさ、ギラギラして、はしっこいからそんなあだ名だ」

「他の面子は」


 蛇口は指で名を追った。

 良順左倉。氷澄好。会津高町。人数の都合で三名での参加にもかかわらず、決勝戦まで進んでいる。それだけでも脅威である。良順と氷澄はeランク、会津はdランクだが、なにかそれ以上の強さがあるとみるべきである。


「さあ。でも、それなりだろ」


 緊張感なく、火素は大きな弁当をかきこんだ。めざしを音を立てて食っている。


「蛇口、挨拶に行こう。巡は火素とじっとしていろ」

「うん。じっとしているのは得意だ」


 巡は黒辻がもってきた重箱を抱えている。


「俺はこれが好きだ。肉に衣をつけてあげたやつはあっちにもあったな」


 とんかつをつまみ、口に入れる。名残惜しそうに、残しておけよと釘を刺し、対戦相手を探して歩いた。

 顔は黒辻が知っている。というよりも蛇口は良順について一切を知らない。それだけ彼女は山暮への想いを募らせていたのだ。場合によっては他の教室にまで轟く良順の怒声が耳に入らず、流れ星によるガラスの破砕やそれを咎める教師の非難にも気がつかなかった。


「いた」


 藍色の道着の女が決勝戦の舞台を見つめながら菓子パンをかじっている。それとすぐにわかったのは彼女だけが尋常でない闘気を発しているからだ。真っ黒な髪が二、三箇所跳ねていて、それが実に愛嬌をもち、太い眉も流行ではないが、その下にある凛々しい瞳をより印象づけている。つり上がった目は地なのだろうが、しかしやたらと険しい顔だ。


「あれが流れ星か」


 せり出た胸、それだけで連なるスタイルの美しさがわかる。華奢ながら筋肉の力強さと美があった。


「だいたい、準決勝のあれはなんだ。あんな及び腰でどうするつもりだったのだ」


 その美しい流れ星は苛烈なほどに隣の男を責めた。男はしおらしく謝っているのだが、その顔は微笑んでいる。それなのにしっかりと謝罪の意がみてとれる不思議な男だ。


「お前が良順か」


 黒辻はなるべく会話の隙間を狙い優しく声をかけた。


「ああ? なんだ、誰だ貴様」


 口が悪い。野性味と整った顔とを同居させ、これ以上ないバランスで混同させている。すれ違えば思わず振り返ってしまうような美しさである。

 脇に置いた木刀の柄を握り、からんと涼しげな音をさせ立ち上がった。短身だが不敵である。


(下駄なんか履いていやがるな)


 と、こちらに来たばかりの自分のことを棚に上げて面白がった。


「決勝戦の相手だ。私は黒辻という」


 するとみるみるうちに渋面を解いた。


「残影か。きいているぞ、初日から不埒を成敗したとか」

(そりゃあ俺のことか)


 火素の服を引き裂いたあの一件は、残影が初日から活躍していると周囲の株を上げていた。


「あ、ああ。こっちは蛇口という。顔合わせくらいはしたくてな、食事時にすまない」

「気にするな。早飯のできないものは大成しない。お前も名乗れ、グズめ」


 ぎょっとするような棘のある言葉で、男の尻を蹴った。


「氷澄好です」


 戦いよりも園芸の方が似合いそうで、かき上げられた黒髪、富士額の生え際からはみ出た数本の髪束が風に揺れている。細い目と自然な笑みをつくるその表情は温和そのものだ。耳の近くについた桜の花弁にも気がついていないのだろう、春のうららかを凝縮させたような男である。


「こちらこそよろしくお願いします」

「ふにゃふにゃするな! しゃんとしろ!」


 背中を叩かれて咳き込み、目だけで謝っている。頼りなさそうではあるが、体つきは非常に筋肉質だ。もっと堂々とすれば見事な偉丈夫である。


「お前が蛇口か」

「ん?」


 良順はぎろりとねめつけた。


「お前だろ、猟奇魔」


 決めつけたのではなく、彼女のそうであれという願望のようだった。


「あの噂のか? 俺は逆立ちしたって浜野たちには敵わないさ。ここまで来たのも仲間のおかげだ」

「それにしては自信があるように見えるが」


 蛇口の嘘になおも否定的である。


「隣に残影がいるからよ」

「知っているぞ、尾崎の一味の頭を割ったのだろう」

「それは結果だ。俺の剣を降ろした先にそいつがいただけのこと。偶然だ。流れ星よ、俺はお前と相対すれば、一歩も動かぬままに切り捨てられるだろう」


 へりくだりに閉口したが、良順はまだ何か言いたそうだ。そこに黒辻が割り込んで、


「全力で戦うと誓うよ。それじゃあ。邪魔したな」


 と、蛇口を連れて人混みに紛れた。あのままでは血が流れただろうと判断した。


「気に入らん」


 邂逅も終わり、良順はつまらなそうに座り直し、足を組んでふらふらと下駄を遊ばせた。


「何がです」

「あの蛇口って奴のツラだ。虚勢にしては肝が座っている」


 それのどこが気に入らないのか。氷澄はそうはっきりとはいわないかったが、


「たくましそうな人でしたね」


 と、柔和に微笑んだ。「良順さんほどではありませんが」

 そう付け加えたのは彼が誰かを褒めるとき、それが女性で、しかも魅力的であればあるほど良順に叱られるからだ。


「くだらん世辞はやめろ」


 どうやっても肘打ちなり平手打ちなりの折檻を受ける。しかし加減はしてある。まんざらでもないのだ。

 黒辻は仲間に良順の印象をこう伝えた。


「喧嘩早そうだし、粗野だ」


 これだけだと火素が嬉々として私がやると言い出しかねないので、早々に分担をした。


「敵は三人。私が良順。蛇口が氷澄。火素は会津をやってくれ」


 正体不明の敵であれば燃えるだろうという魂胆だったが、当たった。


「いいね。ワクワクする」

「美琴は離れたところで見ていろよ。例によって」

「堂々としていろ、だろ。それはいいんだが」

「不安か?」


 違うと首を振る。


「立ちっぱなしは疲れるんだ。座っていてもいいか?」

「はっ、なるほど、その方がいいかもしれんな」


 蛇口は賛成し、すきにくつろいでいろとまで言った。

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