山暮の心意気

「どうして焚きつけるようなことを。せっかく棄権すると言っていたのに。それに猟奇魔がどうとかはもう言うな。ボロが出たら大変だ」


 終わったことは仕方がない。これが蛇口の基本的な考え方なのだが、なぜ火素があれほどしつこく迫ったのか知りたかった。


「わかってるよ。でもさぁ、戦いたいじゃん、やっぱり」


 悪びれもしない。それだけが理由だった。園田とは戦闘とも呼べない騙し討ちで、火素はずっと飢えていた。自らの血の流れが川となってもいいとさえ思い、骨を積んでの積み木遊びですらも欲していた。


「俺は負けたくないんだ」


 ただの負けず嫌いではない。神によりいつ負けるのかを見物されている身なのだ。その鼻を明かすため、また不敗であった前生に泥を塗るわけにもいかない。


「へえ、私は勝ちたいけどね」


 火素は嘲笑し吐き捨てた。

 午前九時。開会の宣言が行なわれ、その後すぐに試合が始まる。一回戦は四つの会場で一度に四試合が行なわれる。

 屋内にある第二運動場第三コートが巌流島である。

 場外判定はなく、時間制限は三十分。降参は対戦相手が認めた場合のみ受理される。決着は全員の戦闘不能か、審判が試合続行不能を認めた時、そして二人以上の死者が出た時のみ。

 壮絶な伝統がここにはある。山暮はその死地へとたった一人でやってきた。火素に励まされたわけではないだろうが、多少の生気があった。

 山暮は視線を、ギャラリーに向けた。

 その先には車椅子に乗った浜野がいた。腕を吊り、あちこち包帯だらけの痛ましい姿である。体調の悪い中、痛みをおしてきたのだろう、その表情は苦々しいが、そっと微笑んだ。


「あなたの言葉に動かされたんじゃない。私は、私の友達の為に戦うの」


 一対四の圧倒的不利な状況にも、山暮はからりと晴れた顔をした。抜け殻になったその身に開き直りにも似た勇気と、無茶を無茶としない友情が詰め込まれていた。


(浜野か。これは使える)

「蛇口ィ、余計なことはすんなよ」

「ん? 俺が何をするという」

「悪いこと考えてるツラ、てか気配がすんだよ」


 場外に出たからといって負けにはならない。始まればすぐに浜野へと飛びかかろう。そうして山暮の集中力や戦闘意欲を根こそぎ奪ってしまおう。蛇口のそういう気配を感じ取っていた。


(存外、鼻がいいな)

「両者、整列」


 審判は上級生が務める。佐藤という生徒会役員だ。審判といっても細々したことはせず、初めと終わりの号令をかけるだけである。


「馬鹿だな、あいつ。囲んで終わりじゃないか」


 妙に強気な巡だが、黒辻の上衣をつまんでいる。虎の威を借る狐を体現していた。火素はその狐の頭に手を置いた。


「黒辻、お前は子守を頼むぜ」

「誰が子守の必要な弱っちい奴だ!」

「はっ、俺かもなあ?」

「火素、一人でやる気か」


 試合開始。審判が叫んだ。


「まあ見てな」


 山暮の二本差し、その大刀が光を浴びた。


「あんたひとりでやるの? その方が好都合だけど」

「もう我慢できないのさ」


 黒辻と同じ質問だが、その返答の猛々しさは比べ物にならない。


 駆け出したのは同時である。間合いは刀を持つ山暮の方が広く、走りながら唐竹割りに振り下ろした。迫る白刃、火素は大きく一歩を踏み出して、肩で受けた。弾けた鮮血のしぶきが山暮の顔を汚す。


 蛇口が最初に見せた防ぎ方である。しかし山暮はそのほとんど密着した状態から刃を滑らせて袈裟斬りに火素を切り裂いた。蛇口だからこそ成功した防ぎ方であるし、山暮の実力を証明する材料にもなった。

 山暮はその反動の勢いで後方に跳びのき、正眼に構え、含み足で詰め寄る。火素は自ら獣のように飛び込んだ。


(ははあ、蛮なる女だな)

「赤毛!」


 呼び声虚しく、火素はまた斬られた。今度はひたいから顎まで顔を真ん中で割るように、薄皮がパッと切れた。それほどダメージもないようだが、観客はどよめく。刀と素手であればこの結果は想像に難くはないが、凄惨である。


(見切られたかな)


 山暮は自分の力を過信せず、呼吸を落ち着かせるためにも距離をとった。

 火素に声援はない。観客は緊張感におしだまり、黒辻たちも一言も発さない。


 口出ししようにも火素の背中に満ちた気合がそれを許さなかった。

 

 三度目の突撃、そのまっしぐらな軌道線、山暮が刀を合わせれば、火素の頭、もしくは胸から大輪の花が咲くであろう。


「ふっ」


 短い気合、山暮の切っ先が鮮血ほとばしる胸へと伸びた。

 ピン、と金属同士が弾かれ合うような甲高い音。かっと見開かれた山暮の瞳。


「嘘でしょ」


 両手を合わせ拝むようなその手の中に、押しても引いても動かない刀が収まっている。狙いすました真剣白刃取りだった。


「病室はァ、浜野の隣にしてもらえ!」


 刀というのは、その切れ味を追求するために、限界まで薄くなっている。そのため左右から衝撃を受ければ簡単に折れる。火素は挟んでいるその右手を刀身に滑らせて、獅子のごとく吠える。またピンと音がして、刀は中程から折れた。

 武器の破壊と同時に火素は蹴りを放っていた。右足が山暮のみぞおちにめり込み、全身から力は抜け、武器を落とした。


「かはっ」


 跪き、血の混じった胃液を吐いた。しかし戦意は失ってはおらず、脇差に手を伸ばした。

 だが許されはしない。踏みにじられ、膝が顔面を捉えた。


「それまで」


 痙攣する山暮、きつく祈りを込めていた両手を解いた浜野、駆け込んでくる医療チームと担架。腕を高く挙げ、まっすぐに天に指差す真っ赤な女。


「勝者、黒辻班」


 宣言を浴び、振り返ってのピースサインに、巡はただひとり拍手で応じた。

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