作戦発表



 朝一番、蛇口は登校してきたばかりの黒辻を呼び出した。女子トイレである。個室の扉を全て開き、入り口には清掃中の札を立てた。


「わかっているだろうが、連れションじゃないぞ」

「お前はこのタイルの上でするつもりか?」

「どこだっていいが、まあきけ」


 蛇口は声を潜め、仔細を語る。

 トイレの真ん中であれこれと策を述べても格好はつかないが、黒辻は聴き終えて、難しい顔をした。


「お前が医務室にいなかったと証言されれば、それで終わりじゃないか」

「手は打ってある」


 陸への頼みとは、蛇口はずっと医務室にいたと証言してほしい、というものであった。

 これへの見返りとしてキスが妥当かどうかは置いておいて、陸もこんな嘘をつけと言われれば拒否したくもなる。しかも作戦の全容も伝えている。露呈すれば陸も共犯になり、彼女はすでに蛇口にイカれているために了承したにすぎない。


「なんだか不安だ。浜野って奴は腕が立つらしいが」

「俺は三十から足掛け十五年間、間諜をしていた。当然、暗殺もやった。傭兵稼業と並行してな。その俺が暗がりから剣を振るうんだ、逆立ちしてたって造作もない」


 巡がいれば不機嫌になること間違いなしのこれにも黒辻は慣れてきた。


「はあ、誰を暗殺したんだ」

「人と魔性の混血よ。そういうのを撲滅しようとする連中の元で働いていた」

「人種の壁は厚いなあ」

「そうだとも。まったく馬鹿らしいがな。奴らは人よりも五感に優れていた。浜野が手練なのはわかるが、傭兵二百五十人の行動を気配だけで察知するような芸当は持ち合わせていまい」

「ああ、わかったわかった」


 与太話だとしても、黒辻はだんだん娯楽としてそれを好み始めていた。


「昼飯の後、一人で散歩に出る。俺は目立つ場所で倒れる。通りかかった誰かに医務室まで運んでもらう」


 今回の作戦は、蛇口が山暮班の浜野を襲うというシンプルなものだが、その犯人をわかりづらくさせることが肝である。

 蛇口や黒辻たちにアリバイを作り、その上で浜野を出場不可能にしてしまえば、これだけでも人数の上で有利である。さらに黒辻班から怪我人が出れば疑いの目を逸らせるかもしれない。

 仲間が減ったこと、そして犯人不明の息苦しさが疑心暗鬼を生み、山暮の心を破壊できる。

 という蛇口渾身の作戦である。


「わかった。じゃあ、腹を出せ」


 そのアリバイ作りに、蛇口は乱暴な方法を取ろうとしている。

 蛇口は躊躇いなく、制服をめくった。黒辻も、逡巡なく刀を抜き、真っ白な肌に線を引いた。


「痛みはないが。激しく動けば血が溢れる」


 黒辻流の技である。あまりの剣速のため、肉体と脳がそれに気がつかず生命を維持し続け、次に動いたときが最後という本来はそういった必殺の技だが、さすがに加減はした。せいぜい水たまりができるくらいの出血をする程度にである。


「激しくって、どれくらい」

「自分で頬でも殴れ。その方が真実味が増すだろう」

「いい考えだ。さすがは俺たちの頭領だ」


 自作自演で怪我をして、医務室へと運ばれる。そこから浜野を潰せば疑いはかけられない。

 陸に頼んだのは、ひどい重傷で動けたものではない、彼女はずっと寝ていた、という二点を証言させることだった。


「しかし、仲間にまでこれを伏せておくというのは心苦しいな」

「美琴はまだしも、火素は顔に出るかもしれんだろう」


 確かに、と思いつつ、黒辻は妙に引っかかった。


「お前、火素って言ったか?」

「あれ、間違えたか?」


 そんなはずはないと蛇口は「火素小町だろう」と確かめた。


「いつもは赤毛と呼んでいるじゃないか」

「なんだ、そんなことか」

「私はてっきり相性が良くないのかとばかり」


 教室に着くと、ちょうど巡と談笑する火素と目があった。

 黒辻の脇腹を肘でつついた。


「見ろ、赤毛は今日も元気そうだ」

「てめえ、おはようよりも先にご挨拶だなあ」


 脇をつつくスキンシップも、軽口が飛ぶ喧騒も、素直でないからこその愛らしさがあった。黒辻はこういう連中の面倒を見ることに、わずかな愛着を感じつつある。

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