黒辻班

「はーい。一班さんは黒板の廊下側の手前、二班さんはその後ろでお願いしまーす」


 魔力検査という名の交流試合から一時間後、担架で医務室へと運ばれた蛇口はもうそこを追い出され、教室に戻ってきた。治療は自分で済ませていたし、怪我のない生徒を眠らせておくにはベッドの数が足りなかった。


「俺の席はどこだ」


 ちょうど席替えが行われている。黒辻がその呆けた姿に気がついて、手を振った。


「ここだ」


 真ん中後方だ。所々の空席は治療中の者の席だろう。

 巡が隣、火素と黒辻は前側にいる。どうやら班ごとに先ほどの反省会をしているようだ。


「制服、新調したのか」


 巡が気になったのは、焼け焦げたはずの蛇口の制服が元どおりの綺麗なものになっていることだった。


「枕元にこれがあったから着替えただけだ」

「それは無断拝借じゃないのか」

「かもしれない」


 悪びれもしない蛇口に、黒辻がポニーテールを揺らして振り返る。


「放課後に返しに行けよ」

「もちろんそのつもりだ」


 忘れていなければ。とは言わなかった。


「ならばいい。今後の活動はこの班で行うことが多くなる。この班では盗みはご法度だからな」

「俺も異論はない」


 蛇口は口ではそう言うが、若い頃は盗賊や火事場泥棒で飯を食っていた時期もあるので、あまりあてになりそうもないが、それを知るものはいない。

 黒板に目をやると、大きく新入生大会と書いてある。視線に気がついた火素が説明してくれた。


「一ヶ月後にある一年生だけの試合だ。トーナメント制の大きな催しものだ」

「ははあ、ではこの班でそれに出るのか」


 巡はもう憂鬱でいる。


「気が重いな。実質この班は欠員が出ているようなものだ」

「今からそんなことでどうする。優勝を狙う以上、もっとやる気を持ってもらわねば困る」


 巡は黒辻の意気込みに面食らった。はて優勝を狙うのかと、あまり表情に情熱を感じさせないウエスタン風味の侍をとっくり眺め、


(ああ、面には出ずとも、病気なのだった)


 と、ひとりごちた。


「優勝を狙う。そのためには、この班の連携を円滑にする必要がある。少なくとも、頭がいる」


(頭か、俺にはもうあるがなぁ)


 下品な想像を真顔でするのが蛇口だった。火素は「頭ってーと」と、椅子の後ろ足だけでバランスをとる。


「リーダーか?」

「そうだ。指示を与える者がいなければ、組織は組織として成り立たないからな」

「あんたがやれ」


 と黒辻を顎で指した。蛇口は足を組んでいる。彼女のリラックスしている時の癖の一つだ。


「どうして?」

「赤毛にできると思うか?」

「どう意味だコラ」

「適しているかはともかく、熟慮する必要はあるな」

「あんたもかよオイ」


 じゃあお前はどうなんだよ。火素はわざわざ中指で蛇口を指した。


「向いてない。何度かやったが、俺は黙って頷いたり、首を振ったりしただけだった」


 傭兵には、個人で仕事を受ける場合と、徒党を組む場合がある。徒党とはいえその数は数百にも及ぶことがあるから、そうなると立派な部隊といえるが、その規模になるとなんとか団であるとかなんとか組とか名前をつけ仕事を受ける。

 蛇口は過去、はぐれ者たちの指揮をしたことがあったが、彼女の言う通り、団の方向性を決定づける時だけにその役目を果たした。他の雑事はすべて誰かに任せた。

 それはそれで素質のあるリーダーかもしれない。大きく構え、細事一切を部下に任せるという度量があった。

 だが性格として命令を出すと言うことがあまり好きではなかった。向いてないとはそういうところからきている。


「頭領とはそんなものだと思うが、まあいい。巡はどうだ」

「やったことはないが、やってもいいぞ。多分できる」


 その自信に根拠はない。神がゆえの傲慢だけを頼りにしている。


「経験は?」

「ない」

「もしリーダーがやられたら負けとか、そんなルールがあったら護衛がいるぜ。攻め手が減るのはいただけないな」


 火素は黒辻と蛇口を交互に見た。どうやら自分は戦士としてしか仕事ができないとわかりきっているようである。


「絞られたな」

「黒辻」


 蛇口はまた顎をしゃくった。


「なんで私は赤毛で、黒辻はちゃんと呼ぶんだよ」


 それを無視して、黒辻、お前がやれと言う。


「若いうちから指揮する立場を経験しておけ。役に立つかはわからんが、いざその時に、ビビらなくて済む」

(こいつ、自分の現状を説明する気じゃないだろうな)


 別に禁じられているわけでもないが、説明するには面倒だし、ちょっとおかしいのではと疑われてしまう。もっとも、すでに思われている節がないではないが。


「若いってお前、同い年だろう」


 巡が先んじることで、蛇口は己に姿に気がついた。咳払い一つでごまかせると思っているらしく、やはり古い人間である。


「別に押し付けようとしているわけじゃない。理由がある」

「ふむ。どんな」

「俺ともう一人くらいいれば、二、三人は留めておける。時間稼ぎだ。一人くらいはそっちにいくだろうが、お前なら仕留められるだろう」


 先ほどの試合を見る限り、同世代に敵はいないだろうという確信があった。


「作戦の立案か? 気がはやいな」

「作戦ではあるが、これは大前提の話だ。美琴の護衛として黒辻ならば不足はない。リーダーを後ろに置いておくのは不自然じゃないからな」


 逆はない。少なくとも冷静であり、足手まといをかばいながらも自衛と時間稼ぎ、欲をいえば勝利が必要である。


「ふむ」


 黒辻はじっと巡を眺めた。筋肉が発達しているわけでも、目力があるわけでも、厳しい修行を乗り越えたわけでもなさそうな可愛らしい少女、それなのにもかかわらず神秘的な気配がする。


「美琴を副官に据えればいいだろう。毅然と立っているだけで、様にはなる」

「ふむ。一理あるな」

「いや待て。副官? なんで私が。それにそんな役はいらないだろう」


 抗議したのは巡である。副官とはつまりマネージャーで、雑務や報告などその業務は多い。


「ふりでいい。嫌なら副班長とでも言い換えられる。仕事なんてない」

「そ、それなら、まあ」

「そんじゃ頼むぜ、黒辻」


 火素は弾けるような笑みである。巡は小さく手を打った。


「決まりだ」


 タイミングよく宝が見回りに訪れて、


「黒辻さんが班長さんね。みんな協力してあげるんだよ?」


 と、我関せずの雰囲気を放つ蛇口に視線を向けて言う。他人からはそう思われても仕方がない態度の彼女だ。


「裏切ったことがない、とは言えないのが不徳の至り」


 唸るように笑った蛇口、教室での彼女のキャラクターは決まりつつある。

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