私の役目
(敵はきっかり四匹。獲物は剣が二匹、槍が一匹。そんで一匹は無手、あいつは魔術師だろうなぁ)
布陣としては、前方に蛇口、その後方に三人が固まっている。
敵はやや一塊になって突っ込んできた。
「少年、遊ぼうぜ」
先頭の槍使いに叫んだ。言葉に乗せられたわけではないが、容赦無く突きが繰り出される。
槍の伸びきった瞬間にその柄を握り、剣を振るう。首に直撃し、それが抜き身であれば首は落ちただろうが、鞘に納めたままでの打撃だった。
それでも威力は絶大で、当たりどころもよく、二、三度跳ねて動かなくなった。
「ほれお嬢さん。あんたもだ」
槍使いには多少油断もあっただろう、神から負けろといわれて転生している蛇口に対してあまりにも無力だった。
刀を持った少女は黒辻ほどではないが、戦士だった。剣先を少し揺らしながら間合いを詰める。
「一人行ったぞ!」
黒辻たちのいる後方への注意、頭上に降る斬撃、奥の魔術師の火球、それらはほとんど同時だった。
模造刀ではない。触れれば命が流れ落ちる敵のそのきらめきを、蛇口は肩で受け止めた。
鍔元を肩に食い込ませたまま腕でそれを担ぐようにして固定し、引かなければ切れない刀の性質を利用し切断を防いだ。しかし火球はもろに浴びた。
声も上げず爛々と目を輝かせ、剣の柄でみぞおちを叩く。
(二人目)
気絶させ、その意識のない少女を盾にして術師に向かう。だが、火球は緻密に動き手足を打った。
「そろそろ助けに、って、おい火素」
黒辻はぶちのめしたクラスメイトをブーツで踏みにじっている。峰打ち一閃、目にも留まらぬ早業であった。
「そいつを殺すのは――」
黒辻が助けに行こうかという時に、もうすでに走り出している赤毛の少女。乱暴な言葉が真実なのかどうか、読み取ることは容易だった。
「この私だ!」
ダッシュの勢いそのままに、飛び蹴りが術師の胸を打つ。けほっと一つ咳をして、水切りのように跳ねた。
「けっけっけ、ざまあねえな。お前も黒辻から道着を貸してもらえ」
蛇口の袖とスカートは焼け焦げ、肩からは出血している。火素はその肩を思い切り蹴飛ばした。
「な! おい火素!」
ひっくり返った蛇口に巡は駆け寄り、薄ら笑いを浮かべる火素をきつく睨みつける。
「これでチャラだ。貸し借りなし。イーブン。対等」
(引き分けか。それはそれで)
蛇口はのそりと起き上がり、傷口に魔法をかけた。回復魔法だ。淡い緑色の発光とともに傷が塞がり、残ったのは無残な制服だけとなる。
「よう」
火素の手を引いた。まるで何事もなかったかのように、彼女らしくぶっきらぼうに。
「な、なんだよ」
黒辻のそばまで行って手を離し、わざとらしく、二人の肩に手をおいた。
「お疲れさん」
きょとんとするしかない二人である。巡には拳で胸をついた。
「なあ、もっとスマートにはできなかったのか」
もっと何か言いたげな巡だったが、それをせず、拳を突き返す。
「なあに、体を張らなきゃ信頼ってのは生まれないのさ」
ルカ・ジカルドとしてのふてぶてしさを残した、あどけない少女の微笑みを浮かべ、
「しかし、少し疲れたから、ちょっと寝る」
その笑顔のまま、受け身も取らず、顔面から床に倒れた。
「お、おい!」
黒辻などは蛇口を抱きかかえその安否を案じた。
寝ていやがる。火素は頬を引きつらせた。突然の睡眠にではなく、時間にすれば僅かな先ほどの戦闘でここまで消耗していたのか、と。
「弱っちいなあ」
(ジカルド、蛇口が弱いのか。違うな、坂々の連中が強いんだろう)
巡の想像通りである。
蛇口は一人で制圧しようとした。しかし彼女の予想よりも敵の接近は速く、殺意は揺らがず、火球は強力で、火傷と切り傷をもらってしまった。敵を見誤ったのは、覚悟していたにせよどこか自負もあったのだろう。
「弱い、と断じるにはなんだか妙だ。火素、お前はああやって刀を防げるか?」
「さあね」
考えたこともなかった。普通は避けるか、捌くか、受けるにしても武器を使う。
「私はしないね。痛そうだから」
答えのようなそうでないような、火素は鼻を鳴らし、巡の肩に手を回した。
「お前ら、仲良いんだろ?」
「ふぇ?」
そんなことを言われるとは思わず、身を固くした。蛇口を心配しながらも、次の試合を観戦していたため変な声が出た。
「違うのか?」
この世界での記憶上、幼馴染ではある。しかし蛇口と巡としてはもちろん、ジカルドとフォルトナとしても、付き合いは長くない。
「馬は合うと思う」
蛇口は宝の指示で担架で運ばれていった。腕も足もだらしなく伸びきっていて、不貞寝のようにも見えた。
「あ、あいつは」
巡はジカルドが何を成し遂げたかったのかを知りたかった。破壊と殺戮で生を終えた男の願いを知りたかった。人間を理解し、その人生を眺め、時には助け、時には戒める運命の神が、唯一理解し得なかった男の内側を知りたかった。
転生させて、彼を知らなければ神としての威厳に関わる。これが彼女の頭の中で大部分を占めている。
そして運命を司るものとして一本道の人生など誰にも歩ませたくはなかった。
そういう責務への誇りがある。なんとしてもジカルドに、蛇口に、艱難辛苦を与えなければならない。決して無敗などという太いまっすぐな道など、二度と歩ませたくはない。笑って死ねようが、悔いなく終わろうが、そこに行き着くまでにどれほどの困難があろうが、あれではいけない。
フォルトナの視たジカルドの運命は、他者を押しのけ終点まで煌々と輝く太い光線だったのだ。
ここではそうはさせない。
己の役割は、蛇口の運命を、ねじくれさせることだと。そして蛇口無心の心の底まで知らなくてはならない。
「あいつは今まで負け知らずだった」
火素も黒辻も、それには特に反応を示さない。特に黒辻は敗北は即座に死へ繋がる家柄のため、不敗を当たり前だとすら思っている。
「だから、ここに来れば、あいつも、その、なんというか」
敗北というかつてない衝撃を与えれば心の皮が一枚めくれるのではないか。そうすれば、奴をもっと知ることができるのではないか。我ながら変なことを言っていると巡は俯き、スカートの裾を握った。
「負けたがり、か」
「え?」
黒辻はほっと息をつく。よくわかるぞ、と軽く頷いた。肩に回る火素の腕にも力が入る。
「私より強い奴ぁいねえのか、と、そんな感じだろ? 典型的なアホだ。井の中の蛙さ」
「巡、それは誰しもかかる可能性のある、ある種の病気だよ」
馬鹿にしたように、二人は笑う。
「やってやるぞ、雑魚どもめ。という病気だ」
「ああ。絶対に負けてなんかやらねえ、私は勝つ、百戦百勝、世界一の火素さま。こういう病気だ」
巡はちょっと理解に遅れたが、二人の顔を見て、ようやくわかった。
「もしかして、お前らも病気か」
「そうとも。青いだろう、無謀だろう。だが、この勝気は治らんのだ、止まらんのだ、おそらく死んでもな」
「スカしてるあのアホも、そうか、目指してんのか、馬鹿の一番を」
「ひ、火素。頭を締めるな……」
「おっと、ごめんごめん」
興奮した火素のヘッドロックから解放され、巡りはこめかみを押さえた。
負けを知りたい。今際の際にそれが言える者がどれだけいるのだろう。ジカルドはそれをやった。
(私の役目も難儀そうだな)
次の試合も白熱している。あれは騎士甲冑だろうか、相手は忍者の装いだ。
「ところで、私のランクはどうなるのだろうか」
なるようになるだろうと、そのあたりは神の気長さで、目先の関心に移ろった。
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