初バトル

「合縁奇縁、これも何かの導きだろう。一切合切水に流して、仲良くやっていこうじゃないか」


 黒辻は蛇口と火素の間を取り持とうと、まずは自分から距離を詰めた。教室ではかっかしていた黒辻ではあるが、それはそれと置いておくことにした。

 黒辻はよくても本人たちは納得いかない。特に火素は春を散らすその寸前だったのだから。


「こんな変態と仲良しこよしなんか、反吐が出る」


 黒辻が苦笑いしかできないでいると、巡がその袖を引いた。


「なあ黒辻」

「ん、どうした」

「ランク付けとは、何をするのだ」


 先ほどはランクの説明だけで終わってしまい、その過程は不明のままだった。


「ああ。班を分けたのだから、このメンツで戦い合うとか、そんなのじゃないか?」


 仲良くしようと言ったそばから暗雲が立ち込める。巡は血の気の引く音が聞こえるようだった。


「ほー、そりゃあ好都合。みんなの前でこいつをぶっ飛ばせるわけだ」


 先に仕掛けたのは火素なのだが、それは忘れている。蛇口も戦いには卑怯が存在しないと思っているので、あまり気にしていなかった。


「はーい注目ー」


 宝が小さな体で飛び跳ねた。


「それじゃあお待ちかねのバトルタイムでーす!」

「な、なあ。蛇口」


 説明する宝を無視して、巡は耳打ちする。


「私に戦闘能力はないぞ」


 人知を超えた存在とはいえ、運命を司るとはいえ、巡にできることは少ない。正面切っての喧嘩など、片手の指で数えられるほどの経験しかなかった。


「すぐに降参しろ。命までは奪われないだろうし」

「ふん。私は降参のやり方も知らないぞ」


 威張ったのではなく、もはや無鉄砲なまでにこわばっている。


「両手をあげて降参だと言え」

「わかった」

「何をこそこそしている」


 黒辻が割って入ってきた。よく聞いていろと、肩に手を置く。


(堅物だな)


 蛇口はその手を払いのけることはせず、黙って頷いた。


(お、意外と素直、なのか?)


 てっきり反発のリアクションでもあると思ったがいい意味で裏切られ、微笑む。黒辻は少し楽天家でもあった。


「皆さんはグループに分かれていますよね? そのグループで戦っていただきまーす」


 ここまでは黒辻の言う通り。巡は緊張で失神しそうになっている。


「グループ対グループの集団戦です!」

「いやったぁ!」

「ふざけろ! じゃあ誰がこいつをぶっ飛ばすんだ!」


 歓喜は巡、罵声は火素、他のグループも同じような反応だった。


「集団戦なら個人の技量はもちろん性格もわかるので今回はこの方法を。えへ、悪しからず」


 個人戦はこの先たくさん機会があるから、安心して。と宝は言うが、安心したはずの巡はその機会を想像しただけでえづきそうだった。


「お互いを知るためのレクリエーションだと思って気楽にやってね」


 とはいえ坂々の面々は、気楽さにもふんだんに殺意を盛り込んでくる。決着はチームの全員が戦闘不能という壮絶さに、一気に闘志の匂いが運動場に満ちた。

 最初は一番と二番の班。そこで最初の死闘が行われた。

 刀剣、槍の武具はもちろん、馴染み深い魔法による発火現象までがそこにはあった。


「滾るねえ」


 火素は無邪気に言う。怯える巡にヘッドロックをかますほど興奮していた。


「連携は、即興だというのを抜きにしても、難しそうだな」


 蛇口はまばたきもしないで見入った。


「関係ねえ。私が全員潰す」


 お前もな、と火素は挑発を忘れない。

 次戦は三番と四番。蛇口は、そこにはない愛刀の存在を確かめずにはいられなかた。


「美琴」


 勘のいい神である、便所へ行くとその場を離れ、何やら袋に入った長ものを持ってきた。


「あー蛇口、武器を忘れるとは何事だ」


 ひどい棒読みだったが、そんなことはどうでもよかった。


「お前も獲物は刀か」


 黒辻は不敵に笑う。「三尺七寸。一貫はありそうだが」


「目が肥えているな」


 袋から飾り気のない白色の鞘が現れる。愛おしそうに刃を抜き払うと、これまた無骨な直刀だ。刀身に淡く幾何学が揺れて、すぐに消えた。


「なんだ、それは」


 妖刀かとでも言いたげだった。事実そうである。


「使い古して折れた剣を溶かして鍛えた。斬った連中の怨恨ごとな。それに色々加護がついている。なんだか懐かしいよ、こいつで戦場の、端から端まで暴れまわったもんだ」


 どん、と巡に脇腹を小突かれて、ヘラヘラと相貌を崩す。


「あ、俺たちの番だ。行こうぜ」


 宝がお疲れ様と出番だった者たちをねぎらい、そして医務室へと運ばれて行く数名。血まみれで、これが本当に命がけだということを皆に知らしめた。


「巡は弱そうだから下がってろよ」


 火素は皮肉ではなくそう言った。面倒見はいいのだが、歯に衣着せぬ物言いと、言いたいことは言うの精神があるから、揉め事は多い。


「じゃ、蛇口」

「美琴、当てにはするな。俺は多分、負けるかもしれん」

「は?」


 蛇口にとって、無敗のルカ・ジカルドにとって、こんな弱音は初めてだった。いつだって強気でいたし、実力に自信があったからこそ、神に祈らず、そして転生させられた剛気な男だったのだが、


「黒辻か火素の後ろを陣取れ」


 とまで言う。

 負けを視野に入れながら戦うということは、ある意味では現実的だし、重要なことでもある。常に旗色を見ながら戦闘を継続して行くのは難しく、経験を積まねばわからない。

 しかし巡にはそれがわからない。


「ま、負けるって」


 巡の唇が青くなった。


「黒辻! 火素!」


 蛇口は臨戦の息吹を撒き散らし、叫んだ。何事かと訝しむ二人の背を叩いた。


「いい機会だ。俺を知ってもらおう。美琴のこと、頼んだぞ」


 と、二人を割って前に出た。


「な、なんだ、あいつ」

「わからん。だが」


 同い年のはずなのに、どこか古豪のような気配があった。


「さあ盛り上がって行こう! 三番さんと四番さん、試合開始!」

 

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