前途多難


 早速の自己紹介で生徒たちは戸惑いながらも和やかに、特異な坂々とはいえ、緊張と、期待と、拍手の渦はどの学校でも同じらしい。


「黒辻飾です。よろしくお願いします」


 他の者は趣味だとか特技だとか、または将来の夢、己の武器、流派など様々だったが、彼女はそれだけ言って、宝を睨んだ。


「え、えっと、それだけ?」


 睨まれ首をすくめる。それでよく教師が務まる、と皆が思うほどに萎縮していた。


「次、お願いしまぁす」


 小動物のように縮こまって、そう促すのが精一杯だった。


「火素小町だ」


 しばらくして順番が回ってきたのは、破れた制服のみすぼらしい少女。蛇口にぶちのめされ、巡に見捨てられ、黒辻に救われた火素が起立する。


「好きな食べ物はチャーハン。体を動かすのも好きだ」


 その表情は明るい。感情が顔に出るタイプだ。その顔が一転憎々しげなものに変わる。


「嫌いなものは、初日から人の制服を破く奴。以上」


 春先にこれほど冷えるかというくらい、次の順番の者がなかなか発言できないほどに場の空気を凍らせた。

 なので、たどたどしい挨拶にまばらな拍手だったのも頷けるし、そこで賑わっても寒々しいだけである。その後も白けた挨拶が続いて、


(そろそろ頼むよぉ)


 と宝が祈り始め、どうぞと促したその人物、


「ああ、俺か」


 と、教師の不安を煽った。


「ル、じゃないな。蛇口無心だ」


 噛むような場面ではないし、その「ル」とはなんだ。一人称は俺なのか。徐々に温まりつつある教室にほっと一安心、する場面でもないのだが、宝教師は安心した。


「蛇口」

「無心」


 彼女を意識する二人がいたことには、気がつかない宝である。


「俺は飯でいえば、名前はわからないが豆を煮たやつが好きだ」


 料理というほどでもなく、豆を味濃く煮たものをパンに挟んだりして食す。それだけの傭兵飯で、味付けに差はあるが誰もが普遍的に食事のメニューに組み込み、美味いと思って食うものだ。だがクラスメイトたちはそういう傭兵飯など想像もできない。煮豆といえばその名の通りの豆を煮たものを浮かべ、なぜそれをチョイスしたのだと、それが渋いとかやっぱり不思議ちゃんかと、先ほどの事件も含め変に納得した。

 ただ巡だけは小声ながら「わかる」と頷いた。割と庶民的な彼女である。


「嫌いなものは馬肉だな」


 これもクラスでは内心賛否が分かれる。生徒は全国から集まってくるし、郷土食として馬肉を誇る者もいる。

 しかし蛇口の言う馬肉とは、食うものがなく、その辺で死んだ馬の肉のことである。戦中暇もなく、走り潰れた馬の餌もない時、切羽詰まった際の非常食のようなものだ。


「酒も、おっと、全然飲まない」


 巡の視線に気がついて頭を振るが、この発言にはさすがの宝も眉をひそめた。


「ボロが出ないうちにな、これで終わり」


 見様見真似だがうまくできた。と妙に得意げな彼女である。


「じゃあ次行ってみよーか」


 巡の挨拶はそつがなく、目立たない女の子を演じた。こうやってやるのだ、と蛇口を視線で挑発しても、


(俺の方がよかったけどな)


 と自信満々だったのでイラついたが、つつがなく全員の紹介が終わった。

 予鈴はならず、どうやら初日なのでホームルームと一限目の境がなくなっているらしい。


「はいみなさん注目ー! お互いを知れたことだし、早速メインイベントに参りましょう!」


 宝はびしっと指を立て大威張りだ。


「道場でランク付けだー!」


 歓声、それは廊下をぐわんと揺らし、隣のクラスからも直接伝わってくる。思わず背筋を伸ばした蛇口、目を伏せ何やら思案する黒辻、熊のように吠える火素、そして、


(戦いの匂いがするなあ)


 と、巡は神らしく、自分をその渦から外して喧騒に浸っている。




「ランク付けって何をするんだ」


 室内運動場にやってきた一年六組、蛇口は引率してきた宝に訊いた。


「あらら、せっかちさんだね。説明するから待っててね」


 宝がキャスターのついたホワイトボードを持ち出して、その半分ほどのスペースに三角形を描いた。上向きの頂点から何本か真横に線を引き、区切る。


「坂々にはランクがあるの。それを今から測るんだ」


 上からA、B、C、D、Eと五段階に分け、


「目安はこんな感じ。細かく言うともっと複雑なんだけどね」


 この学園では実力があれば、それが成績の半分を占める。文武両道といえばきこえはいいのだが、やたらと血なまぐさい。


「まずはくじを引いてもらって、グループ分けをします。四人一組で動いてもらうから仲良くね」


 宝が用意していたのは小さな箱に四つ折りの紙片を入れただけの簡素なもの。

 あいつと一緒に。あの子がいいな。あそこだけは勘弁。そんな思惑が交錯する中、巡が蛇口にすり寄った。


「どうする」


 運命の神ならば、くじ引きを操作することなど容易いのだろう。


「最低限、私とお前は一緒にする。これは確定だが」


 神として見届けるという目的よりも、蛇口の子守をするような気分だった。


「成り行きでいい」

「班編成するということは、これが戦闘の最小単位になるんじゃないか? だったら」


 クラスメイトの実力を見るに、全員がかなりの腕を持っている。しかし、ずば抜けた連中もいて、それと組めばまず間違いはない。


「驕るわけではないが、本当に誰でもいいんだ」

「なら、構わないが」


 巡はくじから一つを抜いた。


「四番だ」

「おっ! じゃあ巡さんは」


 ホワイトボードには四と書かれたその下に名前がある。

「黒辻さんと一緒だね!」

「ひっ!」


 喉がひきつり変な音が出た。黒辻の下に、巡と記入され、


「よろしく、巡。黒辻だ」


 爽やかな握手にぎこちなく応じて、錆びた歯車のように首を軋ませ、蛇口を見た。


「は、ず、せ」


 口パクで蛇口は言う。


(今更そんなことできるわけがないだろう!)


 一悶着あった二人である。しかし巡がこの班に決まれば必然的に蛇口もここになるのだが、さすがに気まずかった。


「あ、次は火素さんね」

「よっしゃ、一番がいいな」


 宝が箱を差し出すと、気合いっぱいに引いて見せた。一番に誰かがいるのではなく、性格的に一番が好きなのだ。


「せんせー、これ」

「わお! 四番ですね!」

(駄目だ! さすがに外せ、獅子身中の虫どころじゃないぞ)

(成り行きでいいと言っただろう!)


 アイコンタクトの火花が散っていることなどつゆ知らず、


「あんたと一緒か、残影」

「ああ。しかし火素、道着が似合うな。はっはっは」

「うるせーやい」


 なんだか認め合っているような黒辻と火素。冷や汗の止まらない蛇口はくじを引くにも引けない。


「みんな引き終わりましたかー? やや、最後の一枚、引いていないのは」


 グループは、七つ。欠員のいる班は、一つ。


「蛇口さん、どうぞっ」


 宝は笑顔で結果の知れた箱の中身を渡してきた。


(いじらずとも、こうなるのか)


 だから面白い。巡は無理にはにかんだ。


「矯正しがいがあるな」


 黒辻は刀の柄を軽く叩いた。


「百倍にして返してやる」


 両拳をぶつける火素。


「よ、四番」


 こうして奇妙な因果の集団が誕生してしまった。

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