生まれ変わりました
「無心?」
ジカルドは首をひねる。その言葉が何を意味するのかわからなかった。
「ああ。無心とは無神経な奴を指す言葉らしい」
根に持つのも当然だが、フォルトナは棘いっぱいに言い放った。
「ぴったりな名前じゃないか」
文句はない。そこに皮肉があろうとも、素直にしっくりきた。
箱にその名を収めるため、読み上げる。
「俺は蛇口無心。俺はこの名で生きるぞ」
螺鈿の箱は静かに閉じた。するとまたしても頭痛が襲った。
誰かに蛇口と呼ばれた記憶。どこかで無心と叫ばれた記憶。その言葉が自分を指し示しているのだと頭が理解を強いられる。ひどい吐き気を伴って、改ざんのような上書きのような、なんにせよ新たに記入されたその名は、この世界のルカ・ジカルドを正しく別人にさせた。
「俺はジカルドではなくなったな」
感慨もなかった。これからの希望もなく、絶望もなく、気分が沸き立つこともない。思えばただの変名に時間をかけすぎた気がしないでもなかった。
「よろしく、蛮なる女、蛇口無心」
「ああ。運命の神フォルトナ。あ、そういやぁ」
「言いたいことはわかる。私の名をどうするかだろう?」
ジカルド改め蛇口の記憶には幼馴染がいた。その顔は目の前にいる神と重なる。
「同期で入学する、とそういう認識で間違い無いのか」
「ああ。お前を預かると言っただろう。私はお前が何を成し遂げたかったのかを知らなくてはならん」
そのためには行動を共にする必要がある。フォルトナははっきりとそう言った。
「私の名は」
その前に、と布団を掛け直した。
「もう一眠りする」
「焦らすほどのことかよ」
「うるさい。私の気が立っていないと思うなよ、首を切り落とすぞ」
「けっ、手首に足首、人体にゃあ首なんぞそこかしこにある。色気付いた勘違いしやがって」
勘違いも何も蛇口は己の陰部を冗談にしておきながら、適当なでまかせで悪態をつく。
「私が悪いみたいに言うな変態め!」
これが歴戦の強者か。八十年を無敗で通した男か。神に強さを認めさせ、負けさせてみようと思わせるだけの男か。フォルトナはそれらを全否定しながら、学園生活への憂いの中で眠った。
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