第58話 事前に説明をしろ!

「で、どうするんですか? この龍」


 クレアの目の前には山のように大きな黒い龍が伏せの状態でいる。

 バティンとの力の差を理解した今、最早暴れる事は無さそうだ。


「ふむ、どうするも何も人間にとって脅威なのだろう? ならば、殺してしまうべきではないか」


 それはそう。

 バティンの言う事はもっともなのだが…このように怯える龍を目の当たりにするとどうにもすんなり賛成出来ない気持ちがある。


「恐らく、この黒龍はいわゆる古龍と呼ばれるものだろう。バティン殿の言う通り、普通であれば退治してしまうのが常識だ」

「で、でも…そもそも暴れた原因はこっちにあるような…」

「そう! それですよ! バティンさん、何とかなりませんか?」

「ふむ…」


 微かに震えているような気がする黒龍を前に会議をする一同。

 そこにシャムが口を挟む。


「お前ら何を話しているニャ? ササッと退治するニャ!」


 シャムからしたら、この龍は悪者以外の何でもない。

 急に出てきて村を襲った怪物に他ならないのだから。


「猫よ、そう焦るでない。どれ、1つ我が話をしよう」

「話って…バティンさん龍と会話出来るんですか!?」

「また、非常識な…」

「ま、アタシも出来るわよ。バティンにも出来て当然よね」


 すると、バティンはおよそ人には出せないような音を口から発する。

 どうやらそれが龍の言語のようだ。


『龍よ、我は魔界の公爵なり。今は人間界に観光にきておる。して、貴様はこれ以上暴れるつもりか?』

『ま、まさか…名のある御方だと思ってはおりましたが…公爵様だとは。無礼をお許しください』

『良い。で、貴様はこれ以上暴れる気はあるか?』

『最早この身は貴方様の沙汰を待つばかりの身。死をお望みであれば従います』


 地に伏せている龍が唸り声のようなものをあげている。

 威嚇するような迫力はなく、本当に会話しているようだ。


「なんか、本当に会話してますね」

「す、凄いです師匠」


 若い2人は興味と感心、尊敬の眼差しでバティンを見ている。


「しかし、改めてなんでも有りだな」

「バティンには常識は通用しないわよ」

「信じられないニャ。こいつ本当に人間かニャ? あ、悪魔だったニャ」


 と、割と大人な者達と意外に冷静だった獣人は呆れた目で見ている。


 そんな両極端な視線を気にせずにバティンの龍の会話は続く。


『殺しはせぬ。というのも貴様の巣を破壊したのは我等に責任があるのでな』

『さ、さようでございましたか。いえ、私の巣に関してはもうお気になさらずに…』

『我が直々にもっと良い場所を選定し、そこに貴様の巣をこさえよう』

『そ、そこまでして頂くのは! であれは、何か私めに出来ることはございませんか? これでも古の龍の1匹、お役に立てる事が有るやもしれません』

『ふむ、しばし待て』


 龍と見つめ合い話をしていたバティンが急にクレア達の方を振り向いた。

 そして、クレアに向かい手招きをしている。


 クレアはなんとなく嫌な予感がしつつも呼ばれるがままバティンの側へ行く。


「な、なんですかバティンさん?」

「娘、お前は龍に乗った事はあるか?」

「ちょっと何言ってるかわかんないです…あるわけ無いじゃないですか」

「そうであるか」


 クレアにいきなりわけの分からない事を質問したバティンは再度龍へと向き直る。


『この娘はな、我の従者である』

『こ、この娘が…ですか? どう見ても普通の、それも街中にいそうな一般人のようですが…』

『うむ。此奴はな、貴様の言う通り普通の人間だ。で、貴様には此奴と契約をしてもらおうと思ってな』

『け、契約ですかっ!? この娘と!?』

『む、不満であるか? なら仕方ない、他に何か』

『いえ! 不満などありません! 是非是非契約します! させて下さい!』

『そうであるか。なら良い』


 そして、再びクレアの方を見るバティン。

 そして、クレアの腕を掴み龍の鼻先に誘導する。


「ちょっ! 何何!? 何ですか、何するんですか!?」

「娘よ、龍に触れるのだ」

「いやだから、何させるんですか!? ちょっと! 説明して下さいって!」


 焦りながらクレアが説明を求め必死に抵抗するが、悲しいかなその抵抗はバティンにとっては抵抗では無かった。

 クレアの手が龍の鼻先に到達した時、眩い光がクレアと龍を包み込む。


「あ、アイツやったわ」

「ドゥルガ様、バティン殿は一体何を?」

「何か光ってるニャ」


 ドゥルガはもう諦めの顔で光を見ている。

 そうこうしているうちに、光は収まった。状況は特に変化が無いように見える。


「あ、あの…どうなったんですかね?」

「わからん、だがバティン殿の事だ。多分常識外れの事をしたのだろう」

「正解よ、レミエル。アンタもわかってきたわね」


 ドゥルガから、嬉しくもない評価を貰ったレミエルは何とも言えない表情でバティン達を見る。

 光が収まり、首を垂れていた龍が立ち上がるのが見えた。


「えっ!? 何だったんですか? 今の、ねぇバティンさん!?」

『契約はなった。今この時から私は貴方の僕となりました』

「うわ!? 今の声だれ!? まさか…!!」

『宜しければ私めに名を授けていただけますでしょうか?』

「な、名前!? 嘘、この声って…こ、黒龍さん!? え、これ何ナニコレ!?」

「慌てるでない娘よ。この龍は契約獣になったのだ」


 契約獣とか今初めて聞いた単語が出てきて混乱しているクレア。

 いや、実はわかっているのだ。ただ認めたく無いだけなのだ。


 状況を理解し、今この場で起死回生の策が思い付かないクレアはスッと無表情になり目からハイライトが消えた。


「よ、よろしくお願いします……」


 そう龍に声をかけたクレアの目からは一筋の涙が伝っていた。


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