第57話 頂はここに有り

 黒龍は怒りに満ちていた。

 この世に生まれ出て早1,000年、コレほどの屈辱を味わった事など無い。


 昔は人里を悪戯に滅ぼしたり、気に入らない者がいれば暴れ、破壊の限りを尽くした。

 しかし、それももう数100年前の事。


 最早生物界の頂点に立った自分に逆らう者などおらず、近頃は山奥の洞窟で休眠していた。


 何年寝ていたのだろう…。

 人々の世は移り変わり、誰も黒龍の事など知らない時代になった、そんな時悲劇が起こる。


 山奥の洞窟をくり抜き、割と苦労して作成した巣。

 その巣の天井から上がいきなり吹き飛んだ。

 広く風通しの良い吹き抜けどころでは無い。完全に山の一部が無くなったのだ。


 衝撃で目覚めた時は何が起こったのか分からなかった。

 寝惚けた頭が覚醒してくると沸々と怒りが湧いてくる。


 この万物の頂点たる黒龍の巣を破壊したのは誰だ!?

 必ず報いを受けさせてやる!

 そうして、長い休眠から蘇った黒龍は憤怒の化身と化す。


 そうこうしていると、不意に強い魔力を感じた。と思った瞬間。

 目の前に翼を持つ異形の化け物が現れる。


(なんだこいつは? こいつが原因か!?)


 その異形の化け物に対し攻撃を開始する黒龍。

 異形の化け物は闘う気が無いのか、はたまた敵わないと思ったのかフラフラと飛び去ろうとする。


(逃すものかっ!)


 森の中で拓けた場所でその化け物に追いつき、トドメと言わんばかりの噛みつきを喰らわせる瞬間、化け物が煙のように消えた。


(一体なんだ…!?)


 そんな時、森から2人の人間が飛び出てきた。

 1人は鎧を纏った女。

 もう1人は、どことなくオドオドとした若い男。


「ギーッ!? ナヨダコヨナヒダィガダ!!」


 慌てている男の人間。

 まぁそれもそうだろう、この黒龍を見て落ち着いていられるはずもない、

 残念だったな、人間。今は虫の居所が悪い、死で報いてもらう。


 そう黒龍が思った時。



「マィーガセ、バティンムワ……サン、コルドバ、アルキライゼ!」


 人間の若造が何かを呟く。

 何を言っているかは分からないが、関係無い。矮小な人間など一飲みにしてくれる。

 そう思った瞬間、後頭部に衝撃が走る。


 地面に顔面が叩きつけられる。そして、何か重いものが頭に乗っている。


(何だ…?岩…か?)


 黒龍の頭に降ってきたのは自分と同じくらいの岩だった。

 あまりの衝撃に目の前に星がチラつく程。

 景色が歪み、上手く焦点が合わない。ダメージはある、だがそれだけ。致命傷には至っていない。


 頭の上の岩を持ち上げ、怒りの咆哮を上げる。


(舐めたマネを! この小僧が何かしたな!?

 殺してやるっ!)


「ガュ!? バルテガイ!? ガーュ…ボナダシンマ…」

「ヤィ、ヤガヤガヘラミィダガデ」


(最早この世に塵一つ残さぬっ! 矮小な人間風情が逆らった罰を受け取れっ!)


 最大火力の龍の息吹をその怒りのままにぶつけようとした瞬間、目の前に突然何者かが立っていた。


 それは先ほどの人間よりも背が高く、そして何より翼が生え、頭からは立派な角が生えている。

 人間ではなく、魔族・悪魔の類い。


 その悪魔と目が合った。合わせてしまった。


 黒龍は本能で理解した。

 こいつこそが万物の頂点であると。

 そして、頭によぎる死という言葉、逃れられない絶望感を味わい、先ほどの怒りなど何処かに消えてしまった。


 死にたく無い。

 しかし、あらゆる抵抗が無駄に終わる事がわかってしまった黒龍はその場に静かに首を垂れた。



 ーーー


「さぁ、始めるがよい」


 バティンに放り出されたネビルスとレミエル。

 目の前には大きな大きな黒い龍。


「ヒィー! イキナリ投げるだなんてっ!!」


 そんな、ネビルスの非難を知った事では無いとばかりに黒龍は襲いかかってくる。

 やるしか無い状況に置かれ、ネビルスは覚悟を決める。


「酷いよ、バティン師匠…命ずる、岩よ、敵を潰せ!」


 ネビルスの魔術。

 それは物を動かす事、たったそれだけだった。

 しかし、考え方を変えた。

 動かす物は目に見える物か?

 同時に動かす事は?

 動かす事で何が出来る?


 あらゆる可能性を追い、1つに辿り着く。

 物質を構成する物、1つ1つを細かく動かし、任意の所で何かを作る。


 今回使用した選択肢は巨大な岩を降らせる事。

 創造し易く、練習でも成功しているもの。


 全魔力を注ぎ込み、出来上がった巨岩は見事に黒龍の頭を潰した。


(や、やった!?)


 しばらく動かない黒龍を見て、喜ぶのも束の間。

 黒龍は巨岩を持ち上げ、空気が震えるほどの咆哮を上げる。

 わかりやすく怒っている。


「えぇ!? 死んでない!? あー…僕死んだかも…」

「ほぅ、なかなか頑丈だな」


 腕を組み後ろに控えていたレミエルが呑気な事を言っているのをネビルスはちょっとイラッときた。


「あの、バティンさん…なんかヤバそうですけど」

「ふむ、ここまでか」


 クレアが心配そうに告げると、バティンはその場から消え、気づいたときには龍の目の前にいた。


「あの悪魔何をやってるニャ!? 危ないニャ!」

「あ、多分大丈夫です」


 クレアの予想通り、数秒見つめ合ったかと思えば龍は大人しくなり首を垂れた。

 気のせいか、震えているようにも見える。


 その光景はさながら絶対的な王に平伏す民のようだった。

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