第43話 いともたやすく行われるえげつない説得

 落ちこぼれのため街道から奥まった場所で、人目につかないように魔法の練習をしていたというネビルスという少年。


 聞けば、これから向かおうとしている学園の生徒であると言う。

 渡に船とばかりにバティンは少年に言う。


「丁度良い。我等はその学園を見て周るつもりでおった。小僧、案内するが良い」

「えぇぇ!? むっ、無理ですよ! というか、何で僕が!?」


 無理というより、怖いから嫌だ。とネビルスは思う。

 なるほど、普通の一般的な反応だろう。

 誰だって知らない悪魔を案内するなどやりたくない、まして先日起こった大魔王事件の本人なのだから余計だ。


 だが、そんな事情はこの悪魔に通用しない。

 クレアは既にちょっと笑っている。


「良く考えるのだ小僧。まず、貴様は学園の生徒であるな?」

「は、はい。そうですけど……」

「そして、我等は学園に用がある。ここまでは良いな?」

「そ、そうですね」

「我等は貴様の名前を知った。このまま学園に行ったら貴様の名前を出すであろうな」

「そ、そんな!? 待って下さいよ!」

「それは嫌であろう? 安心しろ、我もそのくらいは理解しておる」

「よ、良かった……」

「だが、貴様が案内せぬなら、我等は困ってしまう。それを貴様はどう思う?」

「う、うう……」


 これは新しい。

 相手の情に訴えかける手を取るとは。とクレアはバティンの手管に脱帽した。

 このネビルスという少年は気弱で、頼まれたら断れない性格をしているというのをバティンは一瞬で見抜いたのだろう。

 流石悪魔汚い。


「難しい事ではない、ただ外部から来た者に学園を案内するだけなのだ。何も悪いことではない、そうであろう?」

「た、確かにそうですが……」

「では何の憂いも無いではないか。貴様は困っている者へ手を差し伸べただけである、善行であるな誇って良い事だぞ?」

「そう……ですかね?」

「うむ、では案内を頼むぞ」

「わかりました。僕で良ければ」


 何という手際の良さ。

 まるで詐欺師のように相手の逃げ道を塞ぎつつ、最終的には相手に認めさせる。

 この悪魔は実に危険である。その気になれば人類掌握も可能なのではないかと思わせるその能力にクレア達は舌を巻いた。


「……これで三人目の犠牲者ですね」

「……あのバティン殿の有無を言わせぬ論法は怖いな」

「……やっぱりアイツはヤバいわ。早く魔界に帰さないとダメね」


「何をコソコソ話でおるのだ貴様ら、さぁ行くぞ」


 なんとも言えない気持ちで、バティンの後を追うクレア達は新しい犠牲者ネビルスの案内で学園へと向かうのだった。





「ほぉ、ここが魔法を修練するための学園というものか」


 ネビルスの案内で着いたのは、首都の中央に位置する広大な土地に建つ校舎。

 運動場と思われる広場や、何かの観測用だろうか背の高い塔など様々な建物があり、舗装された道を真っ直ぐ行った先には、以前泊まった伯爵家の5倍はあろうかという一層巨大な建物がある。

 それこそが学園の校舎であろう。


「こ、此処がウィーチ学園になります」

「ふむ、では早速建物内を案内してもらおう」

「あ、あの! その前に許可を貰わないと……」

「む、そうなのであるか。ではそこへ行くぞ」


 ネビルスを先頭にぞろぞろと動くバティン達。

 ネビルスは周りの視線が痛過ぎて俯いてしまっていた。

 滅多に来ない外部の者、それも悪魔、聖騎士、妖精、一般人(?)のよくわからない集団、それはそれは人の目を引くだろう。


 ―――オイ、あれって悪魔だよな?

 ―――なんか、大魔王事件の奴に似てねぇか?

 ―――ねぇ、あの妖精可愛い

 ―――聖騎士の鎧ってカッコいいなぁ

 ―――あの普通の娘はなんだ?


 遠巻きに皆見ているし、小声で色々話している。

 バティンに言いくるめられたネビルスは早速後悔していた。


 出来るだけ早足で校舎内へ入り、事務の教員に声をかける。


「あ、あのお、すみません。学園を見たいという方が……」

「うわっ! あ、ああ……学園長からお達しがあってな、直ぐに学園長室に来るように。との事だ」


 どうやらバティンが来る事は予測されていたようだ。

 ならば話は早いとばかりに学園長室へネビルスに案内させるバティン。


 階段を上がり、校舎の最上階に学園長室はあった。

 ノックをして入室の許可を取るネビルス。


「あの、僕は魔法師養成科のネビルスです。お客様をお連れしました」

「どうぞ、入ってちょうだい」


 部屋の中に居たのは白髪を頭の上で綺麗に纏めた上品な老婦人。

 ニコニコと微笑みながら立ち上がる。


「この学園の学園長をしておりますイシュリエル=ウィーチと申します。気軽にイシュと呼んで下さいね」

「我はバティンである。学園に興味があってな見て回ろうと思っておる」

「ええ、貴方のような規格外の存在は生徒達の刺激にもなるでしょう。存分にご覧になって下さいな。お連れの方々もどうぞ自由にしていって下さいね」

「イシュリエル殿、ご厚意痛み入ります。私はパルテナの聖騎士、レミエル=ガルガリンと申します」

「私はクレアですっ」

「アタシはドゥルガよ。よろしくねー」


 学園長はその笑顔を崩す事は無かったが、ドゥルガには驚いたようだ。


「あらあらまぁまぁ、もしかして女神様でいらっしゃいましたか?」

「そうよ、まぁ気にしないでいいわ」

「まぁ……私が生きている間に女神様にお会い出来るだなんて、年甲斐も無く興奮してしまいますわ」


 ドゥルガがドヤ顔でバティンの肩に座り、胸を張る。

 それを煩わしそうに手ではたき落とすバティン。


「此奴はただの虫である。畏まる必要は無いぞ」

「アンタ何回言ったらわかるの!? この姿は虫じゃなくて妖精ですぅ!」


 学園長はそのやり取りを見て、あまりの微笑ましさに声を出して笑ってしまう。

 悪魔と女神の掛け合いなど、想像だにしてなかった出来事が目の前で繰り広げられたのだ。


「フフっ、あらごめんなさい、つい……そうだわ、もしよろしかったらバティン様にお願いがあるのだけれど」

「ふむ、言って見るが良い」




「良かったら授業の講師をして頂けないかしら?」

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