第40話 修行その1

 バティンが非常識な魔術で全世界に放送した3日後。

 パルテナにあるアストライア教の本部の一室で、1人の男が執務室の机に座っていた。


 40歳手前であろうその男は、細身で神経質そうな鋭い目付きをして書類仕事を行っていた。

 仕事を行いながら考えるのは先日世界中に起こったバティンとかいう悪魔の魔術。


(融和派の隠していた事は恐らくあの悪魔の事ですね。我々人類の不倶戴天の敵である悪魔、手出しするな等という神託は私には信じられません)


 アストライア教にも派閥はある。

 ローヤー等は融和派と呼ばれ、女神の力を護りに使うことを主にしている。

 この男は逆に、悪魔を滅ぼす為に女神がいるのだという考えで過激派と呼ばれる派閥であった。


 そのため、過激派には悪魔を黙認するという思考がない。

 悪魔を滅するためにはどんな犠牲をも厭わない。そんな考えをしていた。


「大司教、入ってもよろしいでしょうか?」

「許可します」


 考え事をしていた男の元を、訪ねてくる者。

 同じく過激派の同志である。


「どうかしましたか?」

「コロセスのアペプ侯爵という者が大司教に御目通りを願っております。何でも、あの悪魔の事でという事のようです」

「成程……会いましょう」



 ―――


 魔法王国へ向けてゆっくり飛行しているバティン達。

 そんな中、レミエルが珍しく元気なく悩んでいるようでクレアがそれに気付く。


「レミエルさん、どうしたんですか? 何か元気ないような……」

「クレア殿……いや、何でもないんだ……」

「ええ!? ホントどうしちゃったんですかっ!? レミエルさんの唯一の取り柄の前向きさが無くなってるじゃないですか」


 酷い言い様である。

 だが確かに神妙な顔付きで黙り込むレミエルは異常である。


「聖騎士よ、何を悩んでおる? 言ってみるが良い」

「バティン殿……私に修行を付けて貰いたい!」

「ええぇ!?」


 突飛な事を言い出すレミエルにクレアは驚く。

 仕方なく深く事情を聞く為に一度地上に降りる事にした。





「して、修行を付けろとはどういう事だ? 順を追って説明せよ」

「私は自分でも強いと思っていた。

 だが、先の暗殺者や魔王軍と闘って自分の未熟さを知った。

 私は聖騎士として今後も魔王軍と闘い続ける使命がある、だが今の力ではとても人々を守り抜く事が出来ないと知った」


 人類最高峰の実力者のレミエルだが、同じく最高峰の暗殺者や魔王軍幹部には負けないまでも勝てない。

 それでは駄目だとレミエルは痛感していた。


「聖騎士は人々の希望でなければならない。

 今の私ではとても胸を張ってそう言えないのだ……。

 そして、私は何より負ける事が嫌いだ。相手が誰であれ闘うのであれば絶対に勝ちたい! そう思っている」


 途中まで良い話のようだったが、ただの負けず嫌いな面も出てきた。レミエルらしい理由である。


「ふむ……修行か。良かろう、我が貴様を強くしてやろう」

「本当か!? 有難い、よろしく頼む!」

「レミエル、アンタ多分お願いする相手間違ってるわよ」


 闘いの女神であるドゥルガには畏れ多く、修行をつけて欲しいなど我儘は言い辛い。

 その上、バティンは女神をも凌ぐ最強の悪魔。

 修行を付けて貰えるならうってつけの相手であった。


 レミエルはこの日から地獄を見る事になる。




 レミエルの修行もあり、まだ魔法王国マジークまでは遠いが徒歩で向かう事にしたバティン達。

 その日の夜営中、レミエルの修行が始まった。


「さて、修行であるが」

「早速か、よろしく頼む!」

「我は弟子などとった事が無いのでな、どの様にやるのが一般的なのだ?」

「普通は基礎鍛錬、いわゆる体作りから始めて、それぞれの流派の特色であったり技を教えたりという感じだと思う」

「ふむ、基礎鍛錬か」



 バティンは立ち上がると何やら呪文を唱えて空間を歪ませる。

 いつもの持ち物を取り出す虚空と違って、まるで建物の入り口のような歪みを作り出す。


 そして、レミエルの首根っこを掴み言った。


「では少し此奴に修行とやらを付けてくる。ドゥルガよ、娘の事は頼んだぞ」

「はいはい、行ってらっしゃい」

「何故首を掴んで持ち上げるのだバティン殿! バティン殿おぉぉぉ……」


 レミエルの抗議の声が響き渡り、2人は虚空へと消えていった。


「だ、大丈夫なんでしょうか……?」

「さぁ? ダメなんじゃない?」


 ドゥルガは不吉な言葉を残した。




 ―――



 虚空に入るとバティンはレミエルをぽいっと無造作に放り投げる。

 レミエルは地面に手をつき、身体を回転させて綺麗に着地。流石聖騎士の身体能力である。


「全くもっと丁寧に……ここは一体!?」


 レミエルは周りを見て驚く。

 先程までいた周りに木々の生えた平地ではなく荒野にいたのだ。

 周りに緑は全くない、あるのは断崖、岩といった正に荒野であった。

 空は暗く、暗雲が立ち込めており稲光が走っている。


「ここで修行をするのかバティン殿?」

「然りである」

「あと聞きたく無いのだが、聞くしかあるまい……ここは一体何処なのだ?」


 レミエルはバティンに此処が何処なのか尋ねる。

 バティンが作り出した擬似空間のような答えを想定していたのだが返ってきた答えは想像を絶した。


「ここは魔界である」

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