第39話 不可能という文字は無い

 例によって暴走機関と化したレミエルを抑え、何とか話の出来る体勢を作ったバティンはやって来た悪魔へ話し掛ける。


「それで、我に何か用か?」

「はっ! 申し遅れました。 私は魔王軍四天王が1人、グザファンと申します。 

 この度、魔王より大悪魔であるバティン様が降臨されたとの事で

 本来であれば魔王がご挨拶に伺う所ですが、生憎と動ける状況になく……」

「要点を早く言うが良い」

「は、はい! 申し訳ありません! それでその……どのような御用件でバティン様は人間界にいらしたのかと……」

「観光である」


 グザファンは顎が外れる程開口した。


(ほら、やっぱり口が開いた)


 クレアは絶対バティンの目的を告げたらこうなると予想していた。

 今のところ100%の確率でこうなっている。


「か、観光……それは何かの暗号で……?」

「観光は観光である」

「あと、その人間の娘は……?」

「従者である」

「じゅう……しゃ……? では、そこに転がっている聖騎士は?」

「部下である」

「で、では! その肩にいるのは女神の化身では!?」

「ペットである」

「ちょっと! なによペットって!!」

「は……ははは……」


 魔王軍四天王グザファンは笑うしか出来なかった。

 何このパーティ。



「バティン様……申し訳ありませんが一度整理させて下さい……」


 魔王軍四天王の1人グザファンは今聞いた話が信じられなくて、何か聞き間違いがあったと思い確認する。


 が、先程の説明と同じ。

 バティンは観光に人間界に来ていて人間の従者と聖騎士の部下、女神をペットにしている。

 女神をペット云々は女神本人が違うと連呼しているので違うのかも知れないが。


(これをそのまま報告する……? 信じて貰えるだろうか……?)


 グザファンは悩む。

 つーか、何かもうどうでも良いや。とも思ってきた。

 魔王の指示で急行してみたら、やたら強い聖騎士に絡まれ、目的の本人は観光とかいうふざけた理由でいる。


(はぁ……何て日だ。悪魔生で一番疲れたかも知れない)


「では、最後に1つだけ。バティン様は魔王と勇者の伝統を崩すおつもりはありませんね?」

「くどい。我の目的は未知の探求である」


 目的は聞いた、確認も取った。

 ならばもう用は無い。さっさと帰ろう、何か嫌な予感がするし。

 飛び去ろうとしたグザファンだが、バティンが一言告げる。


「その内魔王軍の本拠地とやらを見に行くかも知れん。言っておくがいい」


 ああ……嫌な予感が当たった。




「やっぱりバティンさんの目的を聞きに来たんですね」

「むうう……酷いではないかバティン殿。奴は魔王軍、我ら人類の敵なのだぞ」

「我には関係のない事である」

「しかし……」

「レミエル、何言っても無駄よコイツには」


 また一悶着があったがようやく魔法王国に向けて出発だ。

 と、思ったのだがバティンが何やら顎に手を当てて考え事をしている。


「どうしたんですかバティンさん?」

「うむ、行く先々で毎回目的を告げるのも面倒であると思ってな。反応も皆同じでつまらぬしな」

「それは仕方なくない? アンタみたいな悪魔がのほほんと観光する事が異常なんだし」

「まぁ、皆さんビックリするのは仕方ないですねぇ」


 最初こそ人のリアクションを楽しんでいたバティンだが、マンネリ化してきた。

 そこでバティンは非常識な行動に出る。


「この世界に我の目的を前もって告げておくか」

「確かに事前に言っておけば大丈夫ですかね」

「しかしバティン殿、一体どうするのだ? 使者でも放つのか?」

「こうするのである」


 バティンは聞いたこともない言葉で呪文を唱えると、天に向かい手をかざす。

 すると、先程まで太陽で晴れ晴れとした空に暗雲が立ち込め始め、まるで嵐の前触れのようだ。

 急激な天候の変化にクレア達は慌ててバティンに問う。


「ちょっとバティンさん! 一体なにをするつもりですか!?」

「何という魔力の奔流……この世界を破壊するつもりかバティン殿!?」

「まぁ見ておれ」


 だんだんと上空に巨大な黒い人影が現れ始める。

 それは黒い霧で出来たような、薄くぼやけたもの。それが徐々にハッキリとしてくる。


 その人影はコウモリに似た翼を持ち、腕には光沢を持った鱗が生えており、頭から2本の立派な角が生えている。

 クレア達が見たのは空中に浮かぶ巨大なバティン像であった。


「ま、ま、ま、まさかですけどバティンさん? これ世界中の人達から見えてたり?」

「良く気付いたな娘。その通りである」


 マジかよこの悪魔……なんでも有りじゃん。

 途轍もない偉業の前にクレア達は声も出せない。

 そんなクレア達を尻目にバティンは話し始める。



「この世界に生きる全ての者よ、我はバティン。魔界から来た悪魔である。我が人間界に来た目的を伝えよう」


 静かな、それでいてハッキリと聞こえる声でバティンは世界中に告げる。


「我の目的は観光である。貴様ら人間に危害を加える気は無い、だが此方に何かしてくるのであれば相応の対応をする。

 繰り返す、我の目的は人間界の観光である。以上だ」



 そして、空中に浮かぶバティン像は消え、元の太陽が燦々と輝く晴れた空が戻った。


「さぁ、行くぞ」

「あ……はい……」

「もう……何も言うまい……」

「ホント非常識な悪魔よねアンタ」


 やり切った感じを出しているバティンと、何もしてないのに疲れ果てたクレア達。

 完全にさっきのは事前の事情説明と言うよりは大魔王降臨のそれであった。


 前もって言っておくのは良いが、この方法はどうなんだ? 今頃世界中は混乱してるんだろうなぁ。と他人事のように思うクレアだった。


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