第29話 昔のバティン

「だから、アンタの事も知ってるよ。絶望の悪魔バティン」


 永遠とも思える時を生きる老エルフはバティンを知っているという。

 しかも、物騒な二つ名がついている。


「えぇ!? それって…バティンさんの昔を知ってるって事ですか!?」

「あたしがまだ子供の頃だからねぇ……」


 レシルは言いながらバティンをチラリと伺う。


「別段、隠してるわけでもなし。話しても構わんぞ」

「私聞きたいですっ!」

「私も興味があるな、レシル殿話して頂けないだろうか」


 レシルは「まぁあたしもそこまで詳しい話ではないけどねぇ」と前置きを入れて語り出す。


「あたしが産まれて20年かそこらの時だったか。あの頃は悪魔だったり天使だったりはそこら中にいたのさ。

 戦争をしていたからね、しょっちゅう悪魔と天使が闘っていたもんさ。今でも神話が綴られた書物は人間の間にもあるだろう?」

「確かにありますが……実際の出来事だとは……」

「そうかい。まぁその戦争は天使が優勢でね。いよいよ決着かと言う時に現れたのがそこの悪魔さ」


 レシルは目を瞑り当時を思い出しながら語り続ける。


「あたしらエルフは天使側に着いて、戦争の手伝いなんかをしていたのさ。あの頃は今よりもっと力を持ったエルフが多かったからね。あたしがそこの悪魔を見たのはアストライア様の軍で魔界へ攻め立てている時だった……。

 まだ若かったあたしは直接闘いには参加してなくてね、後ろの方で雑用をしていたね。それで、いざさぁ行くぞとなった時に軍隊の半数が消し飛んだのさ、比喩じゃないよ? そうとしか思えなかった。そこに残ってたのは手足といった残骸だけだった」


 クレアは思い当たる事がある。最初にバティンが山賊を殺した時のあの技だろうと。


「皆慌てて状況を確認しようとしていたらね、軍の向かう方向にいたのはたった1人の悪魔だった。見た目は実物を見ればわかるだろう? 全く変わってないからねぇ。

 ただ纏う魔力は、今そこにいるのと比べ物にならなかったね。今は何かで抑えてるのかい? まぁ、そうでもしないと協定違反だからね。っと、話が逸れたね……。


 そしたらその悪魔は言ったのさ『逃げるなら追わぬ、進むなら死を覚悟せよ』とね。

 相手は1人だ、いくら強かろうが多勢に無勢、そう判断したアストライア様は他の神々と共に攻撃したのさ」


 皆ゴクリと唾を飲み込み、話に聞き入っている。

 神話レベルの内容を当事者から聞く事など、普通の一生ではあり得ない。気付けば周りのエルフ達も固唾を飲んで話を聞いていた。


「結果は壊滅さ、殆どの神様は消滅したんじゃないかね。アストライア様もボロボロになってね、今に見てろよ!って捨て台詞を吐いていたね。

 後方支援のあたしらは、脱兎の如く逃げ帰ったのさ」


 少しアストライア様がカッコ悪い感じなのが気になるが、続きがあるようなので黙って聞く。


「そんな感じでね、あたしが直接そこの悪魔を見たのはその一回だけさ。あとは戦争中に色々情報が流れてきてね。天使軍は殆どの交戦地域でそこの悪魔が現れてはメチャクチャにされたようだよ。絶望ってのはその時につけられた名さ。


 そんな反則な悪魔が現れたからねぇ。天使達は不可侵条約を結んだのさ。幸いその悪魔は戦争そのものには興味が無かったようだしね。

 それで戦争は終わったのさ、まぁ今でも魔王とか小競り合いはあるけどね可愛いもんさ。あたしが知ってるのはそれくらいだよ」


 レシルの話は終わった。

 話を聞いたクレアとレミエルは思わず揃ってバティンを見てしまう。


「なんであるかその目は? 概ねその老エルフの言っていることは合っているぞ」

「「バティン「さん」「殿」……」

「途轍もない悪魔だと思っていたが……神託で手を出すなと下された理由がわかったぞ」

「とんでもない悪魔呼び出しちゃいました……どうしよう……と言うかレミエルさん、手を出すなって言われてたのに攻撃してきたんですか?」

「ぐっ……つい悪魔という先入観が先走ってしまったのだ」

「今の話聞いた後だと、良く死ななかったですね……」

「本当にそうだな。まぁ結果的に私は生きている、ならば良いではないか」


 と、レミエルが持ち前のポジティブを発揮していると、レシルが疑問を投げてくる。


「不思議に思ったんだけど、悪魔バティン。あんた何しに人間界に来たんだい?」

「観光である」

「か、観光かい……そ、そうかい……」


 少なからず緊張していたレシルは脱力した。

 それもそうだろう、レプラが恩人だと言って連れてきた悪魔が神々にして絶望と言わしめた悪魔だったのだから。

 レシルは長く生きてきたので死に対して拒否の感情は薄れていた。あるがまま生き、あるがまま死ぬ。

 バティンを見た時も「ああ、今日が死ぬ運命だったか」と思っていたのだが、観光目的とは……。


「なら、エルフの料理でも堪能していくと良いさ。人間の街では出回ってない食材も沢山あるからね」

「ほお、珍しい食材とな。馳走になろう」

「うわぁ楽しみです!」

「レシル殿、感謝致します」


(あの絶望の悪魔が人間のお嬢ちゃんと女神の祝福を受けた騎士と一緒に旅をしているなんてねぇ。長く生きて驚く事なんか無くなったけど、まだまだ面白い事が起こるもんだね)


 レシルは遥か昔を追憶しながら、バティン達を見て小さく笑う。

 あの時死んでいった仲間がいたら腰を抜かして驚くだろうねと。



 ―――




「あ、ドゥルガ。ごめんね、ちょっとお願いがあるのよ」

「……アンタの頼みなら聞くけど、嫌な予感しかしない」

「あのね、人間界に行ってちょっと様子を見てきて欲しいの」

「は? 人間界に? なんでよ?」

「まぁ良いじゃない、お礼はするわよ。今は……ほらココのエルフの里に居るみたいだわ。ほらあの小さかったエルフの娘、覚えてる?」

「エルフ…? ああ、戦争と時に居たエルフの生き残り。居た気がする、そういえば」

「そこに悪魔が居るみたいでね、ちょっと様子を見てきて欲しいの」

「それだけ? 別に良いけど……アンタの教徒使えば良くない?」

「貴方じゃなきゃダメなのよぉ。お願い!」

「まぁわかったよ。悪魔ね、りょーかい」



 女神が1人、バティン達の元に向かう。

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