第26話 影は悪魔を追う

 本日の宿を確保すべくホープ伯爵の屋敷へ向かうバティン達。

 屋敷の前にいた門兵達はバティン達を見ると素早く邸内へ駆けて行った。

 良く訓練された兵である。


「おぉ、良く来たな悪魔バティン。何の用だ?」

「宿を探しておってな、貴様が世話してくれると聞いて参った」

「そうかそうか。では客間へ案内しよう」


 にこやかにバティン達を迎えたホープ伯爵。

 その首にはバティンから購入した悪魔の宝石が首飾りとして鎮座していた。


「悪魔よ、この宝石は素晴らしい、いつまでも見ていられる。あと身に付けていると気分が高揚するのだ」

「そういう呪いであるからな」

「そうかそうか! やはり呪いか!」


 呪いと聞いてなお嬉しそうなホープ伯爵、彼はもう手遅れかもしれない。

 そんな感想を抱くクレアであった。


 客間へ通され、ホープ伯爵から歓待を受けるバティン達。

 随分と上機嫌な伯爵にレミエルは疑問をぶつける。


「伯爵殿、随分と機嫌が良さそうだが…」

「おっと、分かってしまうかね。なに、先のオークションであのアペプ侯爵の顔を見て胸がスッとしたよ」

「アペプ侯爵?」

「あぁ、そこの悪魔と最後まで競り合った太った醜い男がいただろう? 本当は秘密なのだが、あの男はこの国の侯爵でアペプという男だ」


 酒も入り饒舌になったホープ伯爵は、問うまでもなくペラペラと喋り出す。

 どうやらアペプ侯爵とやらは随分と嫌われているようだ。


「だが、気を付けたまえ。奴は狡猾で蛇の様にしつこい、かなりオークションでは憤慨していたようだし、何か仕掛けてくるかもしれんぞ」

「えぇ…バティンさん、侯爵様ですってどうしましょう?」

「どうするもこうするもあるまい。取るに足らぬ。向こうが何かしてくるのであれば、それはそれで面白い」


 バティンにとっては侯爵だろうが国王だろうが関係ないのだろう。いつも通りである。

 そんなバティンが頼もしくもあり、不安でもあるクレアだった。



 ―――


 その日はホープ伯爵の好意に甘え、泊まらせてもらった一行。

 レプラにエルフの里を案内してもらうべく、朝早くに例の森に来ていた。


「来たか、悪魔」

「うむ。早速案内してもらおう」

「里はここから馬で行くのだが、徒歩ではかなり遠いぞ?」

「心配いらぬ。飛ぶのでな」


 バティンはクレアを横抱きに抱え、レミエルは光の翼を顕現させる。


「飛行か…お前達の方が速いな。この森を東に抜け、さらに進むと赤い花の咲く草原が見える。更にその先、深い森があるからその森の入り口で待ち合わせるとしようか」

「貴様も抱えるか?」

「いや、俺は馬があるのでな。悪いが先に行ってくれ」


 レプラはそう言って馬を走らせる。


「では、我らも行くとしよう」


 バティン達はレプラの言う森を目指して飛び立つ。

 だがそれを陰から見つめる怪しい人影がいた。


「……あれが依頼主の行っていた悪魔だな。2人で追え、ただし手を出すな。噂によれば高位冒険者すら一蹴したという」

「はっ!」

「俺は報告に行く。気取られるなよ。散!」


 怪しい人影は飛び立ったバティン達を追う。

 何やら不穏な動きがありそうだった。



 ―――


 空を飛ぶバティン達。

 速度はそれほど速くしていないため、いつもよりも景色を楽しんでいたクレアが何かを見つけた。


「あ、バティンさん。森の奥に草原が見えます」

「エルフの言っていた草原であろうな」

「私が先行して様子を見てこよう」


 そう言ってレミエルは速度を上げて先に行く。

 程なくバティン達が草原の上空に差し掛かると、先行していたレミエルが手を振っているのでそこへ着陸する。


「バティン殿、レプラ殿はまだ時間が掛かるだろう。この辺りの安全は確保した。少し休憩としよう」

「ふむ、急いでも仕方ないな。言う通り少し腰を下ろそう」

「あ、じゃあ私お昼作ります」


 クレアがいそいそと自慢の鞄から食糧を取り出して準備を始める。

 バティンは周りを見渡す、足元にはくるぶし程度の長さの草が整然と生えており、死角になるような物も無く見通しが良い。


「聖騎士よ、気付いているだろう?」

「ああ、こちらを監視していた者共だろう? 何処の手の者かは分からないが、恐らく伯爵の言っていたアペプ侯爵が濃厚だろう」

「我はどうでも良いのだがな。娘には言うでないぞ、余計な不安を与える事もあるまい」


 バティンはレミエルに注意喚起する。

 それを聞いたレミエルは当然と頷くが、1つ気になったのでバティンに問う。


「バティン殿、貴方は随分とクレア殿に優しいのだな。先日のオークションでも厳しい言葉であったが相手を想っての発言だった」

「なにが言いたい?」

「いや、バティン殿は変わった悪魔だな。と」

「ふん……あの娘とは半ば強引に契約を交わしてしまったのでな、我とてその辺りは気に掛けてやっているのだ」


 確かにクレアとの契約は訳も分からず混乱中のクレアと強引に契約をしたものだが、普通はそんな事を気にする悪魔はいない。

 そもそも、人間に対してここまで歩み寄っている悪魔など見た事が無かった。

 レミエルはそれを含めてバティンを変わった悪魔だと評していた。


「バティン殿がそう言うのであれば、私からクレア殿に言う事は無い。聖騎士として誓おう」



 バティン達を追う影。

 自分だけであれば何の憂いも無い。だが……。

 と、それは魔界にいた時は到底考えなかった事だがバティン自身ですらその変化に気付いていない。

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