第25話 叱責

「す、全て本物です! 金貨8,000枚にて落札!! 史上稀に見る高額での落札に私興奮しております!!」


 バティンの出した金貨は全て本物という事で、無事目的を果たせた。


「でも、8,000枚でなくても7,000枚とかでもイケたんじゃ…?」

「見たであろう? あの肥えた人間の顔を。滑稽であったな」


 その顔が見たかったとばかりにバティンは上機嫌だがクレアは少し納得いってなかった。


「でも…1,000枚あれば他の奴隷だって…」

「クレア殿……。結果的にそうだったかもしれないが…」

「ふむ、娘よ。お前は何が気に入らぬ?」


 デモデモダッテと言っているクレアにバティンが問う。


「他の奴隷にされてた子達も買えたじゃないですか、そうすれば…」

「そうすれば幸せだったと? 我にはお前が言っている事は偽善に聞こえてならぬ」


 バティンは続ける。


「あの者らはどの様にして奴隷になってしまったかは知らぬ。元より我には興味が無い。

 お前の言う通り、あの者どもを購入することは恐らく出来たであろうな。で、その後はどうするつもりであるか?」

「え…それは解放して…」

「解放してその後は知らぬ存ぜぬであるならば、まだ奴隷であった方が良い暮らしが出来るかもしれぬな。幼い子供だ1人では生きて行けまい、野垂れ死ぬのが相応であろう。そうなった場合、お前はそれで良いのか?」

「……いいえ」

「娘、その場だけでよければ救う事は簡単だ。だが、お前には何人もの奴隷を養う事は出来なかろう? であれば己の分を弁えろ。その場の感情で行動するなど愚の極みよ」

「バティン殿、非常に心に刺さる言葉だ……私も泣きそうだ。クレア殿もわかっていると思うしもうそれくらいで…」


 クレアは泣いた。

 バティンとはほんの数日前に会ったばかりだったが、その間、今の様な厳しい叱責など無かった。むしろ、その辺の人よりも良い悪魔だと思っていただけにバティンの説教は効いた。


「ご、ごべんなざい……」

「泣くで無い。これも経験、世界は善意で満ちている訳では無い。だから我の様な悪魔もいるのだ」

「だっで……バディンざんおごっでる……」


 クレアは救えなかった悔しさとバティンに怒られたという恐怖から感情がグチャグチャになってしまった。

 今、クレアの心境は悔しさ3、バティンに見捨てられる恐怖7の割合である。出会って短い間だが、クレアはバティンに依存気味であった。


「怒ってはおらぬ。いつまでもベソをかくでない。エルフを受け取りに行くぞ」

「…ばい」


 レミエルはそんなクレアとバティンを微笑ましそうに眺めていたが、やるべき事を思い出す。


「バティン殿、レプラ殿の妹は任せてもよろしいか?」

「行くのか聖騎士よ?」

「あぁ、私はパルテナの聖騎士だ。この国にも伝手はあるのだ」


 そう言ってレミエルは別行動を取る。

 クレアは泣き腫らした目をしてレミエルの後姿を見送っていた。


「…レミエルさん、どこ行くんですかね?」

「奴の仕事であろうよ」


 バティンは何か知っているようだが、それ以上は言わなかった。




 ―――


 オークションの数時間後


「クソっ!! あの悪魔め!! 金貨8,000枚もの大金を何処で手に入れたのだ!!」


 太った身体でドスドスと音を立てて屋敷の廊下を歩く男。

 バティンと最後まで競り合った家族であった。


「おかえりなさいませアペプ様。何やらお怒りの様子ですが?」


 屋敷の家令であろう男が慇懃に太った貴族アペプへ質問する。


「ふんっ! 例のオークションにエルフが出たのだが邪魔が入ったのだ!!」

「エルフとは珍しい。しかし、アペプ様以上の財を持っているとは何処の大貴族ですかな?」

「貴族ではない、悪魔だ! おのれ…絶対に許さぬ。あの美しいエルフはこのアペプ様にこそ相応しいのだ」

「では、いかが致しますか?」


 家令は頭を下げながら主人に問う、アペプは嫌らしい笑みを浮かべながらそれに答えた。


「決まっている、殺して奪うまでよ。悪魔を殺したところで誰も文句は言うまい、むしろ感謝されるべきだなぁ! ブフフ」


 欲に目がくらんでいて気付かないのか、それとも元々分かっていないのか。アペプが相手にしようとしているのは普通の悪魔では無い。


 後に身を持って知る事になる。



 ―――


 次の日、ナーリアの街の外にあるちょっとした森の中。

 まだ夜が明けて間もない時間にバティン達はレプラと待ち合わせをしていた。


 すると、一頭の馬に乗ったエルフがこちらに来る。


「レミア!!」

「兄さん!!」


 感動の兄妹の再会である。

 バティン達はオークションでエルフを受け取り、クレアが事情を発明しエルフの少女を落ち着かせた。

 やはり、購入直後はバティンを見て顔面蒼白になり死を覚悟したレプラの妹であったが、クレアが根気よく説明すると今度は安堵の為に号泣した。


 そして、今再会した兄妹を見てクレアは思う。


「バティンさん、私夢が出来ました」

「ほう」

「いつか、私大きな商会を立ち上げて今回みたいな奴隷を全員救えるようになりたいです」

「お前がやりたいならば、その夢に進むが良い」

「はい、私頑張ります!」


 クレアはレプラ達を見ていながらだったので、バティンが目を細め優しげにクレアを見ていたのには気付かなかった。


「悪魔、いや、バティン。妹を取り返して貰い礼を言う」

「その…酷い事言ってすみませんでした悪魔さん…」

「構わぬ。エルフよ、契約は覚えておるな」

「ああ、我等が暮らす森への案内ならば任せてくれ。今から行くか?」

「いや、明日この時この場で再度待つ。聖騎士を待ってやらねばいかん」

「そういえば居ないな。何をしているのだ?」

「恐らく仕事であろう。なに、明日には片がつくであろうよ」

「まぁそれならば良い。ではまた明日だな」


 馬の後ろに妹を乗せ、颯爽と駆けていくレプラ。


「バティンさん、昨日途中でレミエルさん居なくなりましたけど…何してるんです?」

「さてな。聖騎士が戻ったら聞いたら良かろう。今日の宿を探さねばな」

「あ、それでしたらホープ様が宿に困ったら来いとか言ってましたよ」

「ホープ?」

「ほら、呪物蒐集家の」

「ああ、あの伯爵か。ではそこへ行くとするか」


 途中レミエルとバッタリ遭遇し、そのまま3人揃ってホープ伯爵の屋敷へ向かう。

 クレアはレミエルに何処に行っていたか聞いていたが、はぐらかされ詳細はわからなかった。

 ただ、街中で憲兵が慌ただしく動き回っており会話の中にドレイク商会という単語が聞こえたのでクレアは何となく嬉しくなった。

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