第13話 今の勇者と前の勇者
「それで、お前ら教会はその悪魔に対して手出ししねぇって結論か」
現在、バティン達はギルド長の執務室にいる。
目の前にいるのは年齢は50代だろうか、髭を生やした精悍な顔付きの中年。
元冒険者だったのだろう鍛えられた身体をしており、一線を退いたとはいえその覇気は衰えてはいない。
そのギルド長は額を冷やしながら、ラキバとイェクンを睨みつつ教会の決定を確認するかのように言う。
額はバティンのデコピンのせいである。
「えぇそうなんすよ。このバティン様は進んで人類を傷付けるような存在じゃないようですし、女神様は手出し禁止のお告げですし」
「手出し禁止なのはわかる。ギルドにいる連中はA級の奴等もいる実力者揃いだった。それがあんな風に子供扱いされちゃあな、誰も勝てないだろうよ」
「ですね」
「だがなぁ!!!」
ギルド長が怒り立つ。
教会の決定もわかるし、別に悪魔に対して多大な忌避を抱いているわけでもない。ただ敵であるという認識だ。
しかし、何も事前情報が無いとはどう言う事か?と。
前触れで「こんな悪魔が来ますけど、穏便に」とでも教会から使いでも寄越せばこんな大惨事にはならなかったのだ。
冒険者ギルドの面子が丸潰れである。
「勝手に来て、勝手に暴れ回って、勝手に去られちゃあ俺達冒険者の面子が保てねぇんだよ!」
「そ、それは申し訳なく…」
「テメェ等教会はいつもそうだ! 女神様は偉いかもしれねぇがな、俺達一般人はそこまで信仰心はねぇんだよ!」
「お、仰る通りっす…」
「俺達冒険者と教会は協力して魔王に対抗してるよなぁ? あ? そうだろう? ならそれなりに報連相は必要だと思わねぇか? あぁ!?」
「返す言葉もございません…」
真っ当な意見である。
まぁ、教会側もバティンという異常な存在の取り扱いに対しては困っており、細かい部分まで手が回っていないという言い分はあるのだが、今この段階に至っては全面的にギルド長の言い分が正しかった。
「まぁ、そう怒るでない長よ。此奴ら教会もアストライアの奴に振り回されている部分があるのだ」
「……アンタ、本当に変わった悪魔だな」
ギルド長は理性的なバティンに対して感心した。
ラキバとイェクンはバティンが言った台詞の中にアストライア様の事を知っているかのように話す部分が非常に気になったが、今この雰囲気で聞けそうにもなかった。
「はぁ…もういい。状況は分かった。ギルドでも情報は共有しておく」
「お、お手数お掛けします」
「ちっ…貸しだからな。ローヤーの奴にそう言っておけ。
それで、バティンとか言ったな。アンタは冒険者について知りたいって事で良いんだな?」
「うむ、どのような組織機構か知りたいと思っておる」
「ならよ、いい考えがあるぜ」
ギルド長は何か企んでいるように悪い顔でニヤリと笑う。
「アンタ、冒険者になれ」
―――
「そ、それでは…こ、こちらが冒険者証になります」
ガチガチに緊張している受付嬢から冒険者の印であるプレートを受け取るバティン。どうやら、嬉しいようで口角が上がっている。
前代未聞、ここに悪魔の冒険者が誕生した。
バティンのプレートは燻んだ鉄の色をいている。
バティンは冒険者の規定通りC級からのスタートである。ギルド長はこの世界に5人しかいないSクラスにあげたかったようだが、流石にギルド長の一存では難しかった。
何よりバティンが断ったのだ。
「我は確かにこの世界では強者であろう。しかし、冒険者としては未熟者である。ならば初心者の等級で構わん」
そう言い放ち、ギルド長はいたく気に入ったようだ。
その後、色々ギルドについて説明を受け、当初の目的は概ね達成出来た。
バティンは話を聞いている間、「ふむ…こ……我…城で…」「なる…ど、魔界で……とこ…の…」等と小声で真剣に考えを巡らせていた。
時間はすっかり夕方になった。
「非常に有意義であった。褒めて遣わす」
「おう、まぁ参考になったんなら良かった」
「ところで、ギルド長よ。最近召喚された勇者について何か知らぬか?」
「あぁん? 勇者ぁ? そういやパルテナで勇者が召喚されたって聞いたな…。てか、教会のが詳しいだろその辺は、ローヤーにでも聞いてみたらどうだ?」
「む、そうであるな。我とした事がすっかり忘れておった。して、そのパルテナとやらは遠いのか?」
「あー、ちょっと待ってろ」
ギルド長が奥の部屋へ行き、ガサゴソと物音がした後、一枚の巻物を持ってきた。
広がると、この世界の地図であった。
「ここがこの街で、この辺りまでエレク王国、まぁこの国だな。その土地だ。んで、パルテナはここだ」
ギルド長が示したのは国を2つほど挟んだ土地。
「馬とかで移動するなら、まぁ3ヶ月くらいか? 結構遠いところだな」
「あのー、ちなみに魔王ってどこにいるんです?」
クレアが興味本位で質問する。
するとギルド長はパルテナに置いていた指を下に滑らせ、海上を指す。
「…海?」
「実は詳しい事はわかってねぇんだ。どうもこの辺りに地図に載って無い島があるようでな、そこが魔王軍の本拠地って言われてる」
「はぇ〜、遠いとこですねぇ」
「ああ、普通に行ったら1年は掛かる距離だな。ちなみにバティンよ。アンタならどのくらいでここまで行ける?」
「1日も掛からぬな」
「お、おう…そうか」
つくづく規格外の存在である。
この悪魔が魔王を倒してくれればと思わないでも無いが、これは人間と魔王と闘いだ。部外者(では無いかもしれないが)に頼むのはお門違いだ。とギルド長は思っているので、それは口には出さない。
「娘。次の行商の予定地は決まっておるか?」
「え? いいえ決まってませんけど」
「では此処へ行くぞ」
バティンが地図を指した先はティオンとパルテナの直線上にある国。
「コロセスか…俺からもそっちのギルドに伝えておこう」
「うむ。では世話になったな」
そう言い、バティン達はギルド長室を後にする。
ギルド長はドカッとソファーに座り、疲れを癒すために目を瞑った。
―――
「ギルド長、失礼します」
「ああ、入れ」
バティン達がギルドを後にしてから数刻。
ギルド長室に秘書が入室してきた。
「あの…よろしかったのでしょうか? ギルド会の決定を待たずに決めてしまって」
「あぁ? 良い良い。放っておけ、ありゃダメだわ。好きにさせるしかねぇよ。誰も勝てねぇ」
「先代勇者である貴方でもですか?」
先代勇者【雷光】のガラハド。
ギルド長はエルフとのハーフで齢150を超える人物だった。
「無理無理。全盛期の俺だとしても片手であしらわれるぜ。見たろ? よくわからん術で動きを封じられたのを。いやぁ、俺が勇者の時にあんなのが居なくて良かったぜ」
「そ、そこまでですか…」
「ああ、だから死人が出る前に全ギルドに周知させておけよ。あの悪魔は理知的だ。こちらから仕掛けない限り大丈夫だろうよ」
「承知しました」
知らずに先代勇者と邂逅を果たしていたバティン。
今代の勇者に会うのはいつになるのか。
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