第12話 教会の連れてきた悪夢

 バティンは冒険者という者に興味があると言う。

 魔界にはそのような生業の者は居ない、どういう組織で運営されているのか知りたいという事らしい。


「いや、それは…どうでしょう。バティン様の関心を満たせるかどうか…」

「別段何も珍しい事が無くても良いのだ。ただ我が知りたいだけでな」

「そ、そうですか。しかし冒険者は荒っぽい所もありますので何か無礼を働く輩もいるかもしれませんよ?」

「構わぬ。人間の悪魔に対する感情はある程度理解しておる」


 ヤバい、なんとか、どうにかして止めないと絶対にトラブルが起こる。

 バティンとはほんの数刻前に会ったばかりだが、ローヤーはそう確信している。でなければ誰も知らなかった魔族の侵入をちょっと散策しただけで発見するものか。


「し、しかし、クレアさんの行商の仕事もあるでしょうし」

「あ、私は大丈夫ですよ。冒険者ギルドに寄るくらい全然問題無いです」


 お前に問題なくても、こっちに問題あるんだよ!

 察しの悪い少女にローヤーの額に青筋が浮かぶ。

 強制的に駄目と言っても、何故だ?と返ってくるだろう。

 そしてこの悪魔は頭が回る、正当性の無いでっち上げた理由など看過するだろう。そして、それがきっかけで爆発するかもしれない。

 それを考えるとローヤーの打つ手は無くなった。


「わ、わかりました。トラブルを起こさないで下さいね?」

「貴様も心配性だな。我が問題を引き起こすはずがなかろう」


 もう、この悪魔には何も言うまい。

 ローヤーは後ろに控える2人に鬼のような形相で言う。


「貴方達、頼みましたよ?」


 ラキバとイェクンにはローヤーが悪魔に見えた。





 ティオンの街の冒険者ギルド。

 魔王軍との最前線では無いティオンだが、国でも大きな街のため冒険者の仕事が多くそれなりに賑わいを見せている。


 気が向いたら魔獣討伐などで小銭を稼ぎ、昼から酒を呑む。

 遠くに行きたければ、商隊の護衛などで旅をする。

 基本的に皆刹那的で『明日よりも今日』という人間が多い。

 一般的な冒険者達が多いギルドである。


 今日もいつも通り平和なギルド。

「お、今日は随分稼いだな?」「ああ、たまたまフラワーラビットが狩れてよ」だの、「この依頼、こんな金額じゃあなぁ」「でも、消耗品は向こう持ちらしいぞ」だのガヤガヤとした会話。


 そんな、いつも通りのギルドに一石が投じられる。


 ギルドの扉が開いた時、無意識にそちらを見る冒険者達。

 そして、入って来た者を認識した時、平和が地獄に変わる。


「ウワァァ! あ、悪魔!!」

「ここは街中だぞ!? 何で!?」

「知るかよ! クソっこんなとこまで魔王軍が攻めて来たってのか!?」

「チッ! 誰かギルド長呼んで来い!!」


 案の定である。

 地下や、2階からも続々と人が現れる。ギルド内にいる冒険者は総勢50人程だろうか。全員が逃げるわけでもなく、ヤル気だ。

 この辺りは流石に荒事に慣れている冒険者である。

 頼もしいが、この時ばかりは裏目に出た。


「随分と皆興奮しておるな、流石冒険者、活気に溢れておる」

「いや、活気っていうか…こっち殺す気っすから全員」

「不味い、説得している暇は無さそうだ。どうするラキバ?」

「ここは一旦逃げて、説明してからのが良さそうっすね」

「そ、そうしましょう。皆さん凄い顔で睨んでますもん」


 一度引き返して、ラキバとイェクンで説明してからならギリギリ何とかなる。

 そう思い、3人は引き返す選択を選ぶが悪魔は違った。


「なに、これは新人に対する儀礼のようなものだろう。魔界でも似たような事はある」


 勘違いをしてらっしゃる大悪魔。

 儀礼じゃないの、皆本気で殺そうとしてきてるの!

 ここでのバティン節は非常に危険な匂いがする、冒険者の命だけでなく、街ごと危険な気配がする。


「バ、バティン様っ! 不味いっすよ相手をしたらダメですって!」

「に、逃げますよ! ここの全員がミンチになるの見たらお肉食べられなくなっちゃいます!!」

「心配要らぬ」


 気負いもせず、バティンは一歩前へ出て名乗りを上げる。


「我はバティン。見ての通り悪魔である。今日は冒険者の貴様らの生態を知る為に訪れた」

「や、やはり魔王軍の尖兵!」

「ここで殺して情報を持ち帰らせるなっ!」


 言い方ぁ!!

 3人は同時に同じ事を心の中で叫んだ。


 そして、ついに冒険者がバティンに襲いかかる。

 が、その時不思議な現象が起こった。


 全員の動きが止まったのである。

 しかも、跳び上がり空中にいる冒険者まで浮いたまま固定されている。

 皆意識はあるようで、動こうとも動かない身体に苦い顔をしている。


「うわ…すげぇっすね…」

「とんでもない力だな」

「ど、どうやってるんでしょう? でもとにかくこれで逃げれますねぇええええ!?」


 台詞が終わる前にバティンが動けない冒険者にデコピンをして回っているのクレアは見た。

「ウゲェ!」「オゴッ!」という冒険者の断末魔のような声が響く。


 残像が残るほど物凄い速さでデコピンをしてまわるバティン。止める間もなく冒険者全員が地に伏していた。

 そこら中から呻き声が聞こえたり、ピクピクと痙攣している人の様子から死人は出ていないようだ。


「どうだ、穏便に済ましたぞ」


 大事件である。

 平和なティオンの街の昼過ぎ、冒険者ギルドが悪魔の襲撃を受けその場にいた全員1人残らず気絶させられる事件が起きた。

 この事件は冒険者ギルドにおいて『教会の連れてきた悪夢』という名で語り継がれる事になる。

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