第8話 大戦犯はお前だ

「貴方が先日現れたという悪魔ですね?」


 割って入って来た聖職者はバティンに問う。


「貴様がどの悪魔を指しているかはわからぬが、我はバティン。二日前に人間界に来たところである」

「なるほど…そちらのお嬢さんは?」

「あ、あの私はクレアです。多分、バティンさんを呼んじゃったのは私かなぁって…エヘヘ」

「こら娘。呼んじゃったとは何だ、まるで悪い事をしたような言い方ではないか」

「でもだってバティンさん悪魔だし、普通は悪い事なんじゃ…」


 聖職者は目を見張る。

 実はこの聖職者はアストライア教のかなり上の立場にある実力者で今までに数々の魔を払ってきた実績がある。

 しかし、少女であろう娘に失礼な態度を取られても気にもしない、人間をゴミのように見るわけでもなく、気を許しているように感じる。こんな悪魔は初めて出会った。

 この聖職者の中の悪魔のイメージもややヒビ割れが起きていた。


「ゴホン、失礼しました。私は女神アストライア教の司教ローヤーと申します。バティン様とクレア様、申し訳ありませんが一度街にある教会までご同行願います」

「し、司教様っ! 悪魔ですよ!? 街に入れるなど…!」

「これは教会本部の決定でもあります。異議があるならば受け付けますよ?」


 教会本部の決定と聞いて、兵士長はたじろぐ。

 流石に一介の兵士が教会に逆らうことは難しく、押し黙ってしまう。


「では、行きましょうか御二方」

「良いのか? 此奴らは反対しておるようだが」


 バティンが兵士の職務を妨害するような行為に少し心配しているとローヤーと名乗った聖職者はクスリと笑う。


「ふふ、いえ失礼。バティン様には随分と配慮して頂きありがとうございます。ですが、大丈夫です。これでも私は権力がありますので」

「ふむ、人間界も権力が幅を効かせているのは変わらんな」


 ローヤーは声を出して笑った。




 無事?に街に入れたバティン一行。ローヤー司教の案内で街の中心部にある教会へ向かう。

 人々の嫌悪の目、陰口、後ろについてくる兵士の大名行列など全く気にならないバティンは物珍しくキョロキョロと周りを見ている。


「バティンさん、よく平然としてますね…気にならないんですか?」

「ん? 何がだ?」

「いや、あの周りの雰囲気というか空気というか…罪人のように見られてるのが気になって…」

「娘よ。お前は何か悪事を働いたのか?」

「あ、悪事ですか? いえ全く…」

「ならば何を卑屈になる必要がある。堂々としていれば良い」

「はぁ…」


 達観しているというか、割り切っているというか、やっぱり悪魔は凄いとクレアは思った。

 また、クレアは悪事を働いていないと言ったが、バティンを呼び出した張本人であるというだけで、超弩級の戦犯であるのだが本人はその事実を知ることはない。


「さぁ、着きましたよ。兵士の皆様はここまでという事で」

「司教…! 何かあっても我々は責任を取りませんよっ!」

「大丈夫です。問題ありません」


兵士達から出た責任の所在の声に司教はなんの問題も無いと淀みなく答える。

しかし、立ち去っていく兵士達を見るその司教の顔は冷ややかだった。


「……責任だと?笑わせるな。災害に責任も何もあるものか」


 その呟きは兵士の耳には届かない。




「さて、先ず此方の状況をご説明させて頂きます」


 教会内の一室で向かい合い座るとローヤーはそう切り出した。


 曰く、女神アストライアからの神託でバティンに対してノータッチのお告げが出ていること。

 未曾有の大魔力が感知され、本国は大慌てであること。

 教会のスタンスとしては基本的に干渉しないが、動きについては監視が付くであろうこと。


 バティンは出された紅茶を飲みながら、うむうむと軽く頷いていた。あまり興味が無さそうな態度である。


「それで、バティン様の目的を差し支えなければお教え頂きたいのですが」

「我は人間界を色々見て回るのが目的であるな。あと異世界から来たと言う勇者にも興味がある」

「えっ…と…それだけ?ですか?」

「うむ」

「魔王と何か計画があると言うわけではなく?」

「今の魔王は知らぬな」

「勇者を暗殺しに来たと言うわけではなく?」

「勇者には異世界の知識を学べたらと思っておる」

「…人類を滅ぼしに来たとかでもなく?」

「何故そんな事をせねばならぬ?」


 ローヤーは開いた口が塞がらない。

 女神アストライア様のために勇気を振り絞り、この悪魔と対峙しているというのに、気を抜くと膝が笑い手が震える程の恐怖で対話したというのに。

 得た回答は『観光』であるということ。

 こんなの誰が信じるというのか…余りに想像とかけ離れた答えにローヤー司教は脱力した。


「そ、そうですか…観光目的ですか…」

「だから先程の兵士にもそう申したがな、信じて貰えなんだ」

「あの、ローヤー司教様。バティンさんの言ってる事本当です、割と良い悪魔なんですよ?」


 この少女は何を言っているのか、悪魔に良いとか無いだろ。と呑気に茶菓子に手を伸ばしているクレアに苛立った。


「ちなみにバティン様。もし、先程の兵士が襲ってきた場合どうされましたか?」

「娘を抱え飛んで逃げただろうな。この娘が余り人を殺すなと言うのでな」


 地上に降りた際にクレアは言っていたのだ。

 トラブルになっても出来れば人を殺さないで欲しいと。

 それについては素晴らしい活躍で、プラス100点。

 だが、バティンの呼び出したのでマイナス10,000点の査定のクレア。


「なるほど、なるべく人を殺さない。と…そして目的は観光。と…」


 本部にどう報告したものかとローヤー司教は悩んだ。

 あと、ずっと気になっていた質問をする。




「そのバケツはもう取ってもよろしいのでは?」

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