第7話 バケツの悪魔再び

 真夜中、村の中央広場に降り立ったバティン一行は今日はこれで解散として空き家にて就寝した。


 次の日、村人達総出でキノコ料理を食べ皆喜んだが、バティンは「我はリグの実の方が好きであるな」などと言い、クレアに強請った。

 その後はクレアは商売を、バティンは村を見て回ることにした。



「お買い上げありがとうございました! と、これで大体捌けたかな」


 木の皿が売れ、鞄の中身は殆ど無くなった。

 今回の行商はトラブルもあったが概ね満足のいく形で終わりとなったことにクレアは喜びを隠せない。

 さて、次の行商の為に仕入れに行かなくては。と、バティンを探しにクレアは動く。


 程なくしてバティンを発見する。

 強大な悪魔は子供に群がられていた。


「なぁ、バティンって悪魔だろ? 強いのか?」

「うむ強いぞ」

「その羽って空飛べるのー?」

「うむ飛べるぞ」

「バティンの手ってゴツゴツしてて固ーい」

「そうだな固いぞ」


 バティンは虹色に輝く水の球を出し、転がすと子供達はキャッキャとはしゃいで駆け回る。

 子供の順応性は驚異的だ、悪魔という存在を理解していないのもあるだろうが物怖じしなさ過ぎる。

 それを見守る親達はハラハラしながら遠目に見ていた。


「バティンさん、終わりました」

「お、そうであるか。では次の目的地に行くとしよう」

「えぇー、バティン行っちゃうのー?」


 人間の子供は元気が良い。魔界では地位もあってバティンに馴れ馴れしく纏わりつく存在は皆無であった。

 貴重な体験にバティンは喜んでいたが、まだ見ぬ場所や物、人が待っているので行かなくてはならない。


「娘。次は何処に行くつもりであったか?」

「手持ちの売り物が無くなったし、街にキノコを降ろしたり仕入れをする予定でしたが」

「街か、良かろう」


 未だにぐずっている子供達にバティンは言う。


「子供らよ、父や母の言う事を良く聞き、良く食べ、良く遊び、健やかに育つと良い。縁があればまた会う事もあろう、さらばだ」


 まとも過ぎる別れの言葉を残し、バティンはクレアを抱える。

 クレアは抱えられた瞬間に感情を無くした。

 一行は飛び立ち、子供達は見えなくなるまで手を振っていた。



 ―――


「バティンさん! ちょっと降りて! 降りて下さい!!」

「む、何かあったか?」


 村から飛び立ち、ほんの半刻程で街が見える位置まで来た。

 普段ならば村まで4日程掛かる道のりも空を飛ぶとこんなにも早く着くのに感心していたが、クレアは重大な事を思い出してバティンに地上へ降りる様に懇願した。


 街から数キロ離れた場所へ降り立つとクレアはバティンに進言する。


「バティンさん、このまま街に入ると村の時以上の混乱が予想されます」

「左様か」

「なので、何か、こう変身みたいな事って出来ませんか?」

「出来るか出来ないかであれば出来る。だが、今後も一々変化するのは面倒であるぞ」

「そうは言っても…」

「精神操作の魔術を掛ければ良いではないか」

「あ、それは面倒じゃないんですね…でもアレはやめておきましょう」


 街の住人が一斉に精神に異常をきたすのをクレアは見たくないので断る。

 ではどうしようかとクレアがうんうん唸りながら考えていると、バティンが仕方ないとばかりに空間を捻じ曲げ、腕を入れる。


 明るい所で見ると、不思議な光景だなぁ。とボケっと見ていると、バティンが異空間から取り出したのはバケツであった。


「それ…1番最初に被ってた…」

「うむ。我の側近のラウムという奴が作った魔道具である。が、耐久性まで考えられておらんでな、機能は壊れてしまった」


 そう言いながらバティンはバケツを被る。

 普通よりも異常性が際立っていると思うのだが、バティンはこれで問題解決とばかりに胸を張る。


「では、行くぞ」

「えぇ…むしろダメな方向に振り切れた気がするのですが…」


 ズンズンと街へ歩き出すバティンを見て、多分これは何を言ってもダメだ。とクレアは諦めた。



 ―――


「と、止まれぇ!! そこから動くな!!」

(ですよねぇ)


 街の入り口に到着するや否や、門番の兵士から止められる。

 当たり前である。

 背中に蝙蝠の翼を生やし、腕は黒く鱗で覆われて鋭い爪も見てわかる。その上でバケツを被り、そこから天を突くような角が生えている生物を見て「ようこそ」と歓迎されるはずが無いのだ。


「む、どうやらバレてしまったようだな。娘、お前が挙動不審だったのではないか?」

「いや、バティンさん。それは無いです」


 そうこうしているうちに、大勢の兵士達に囲まれてしまったバティンとクレア。

 皆、槍をこちらに向けたり抜剣して警戒を示している。


「煩わしいな。滅してしまうか」

「ダ、ダメですよ!! 絶対ダメですから!!」

「悪魔ジョークである」


 笑えねぇ。

 クレアが涙目になりながらバティンの腕を引っ張っていると、兵士達の囲いから上等な服装をした人間が1人出てきた。


「貴様! 魔族だな!? 何が目的だ!?」

「観光である」

「嘘を吐くな! 俺の目の黒い内は貴様のような悪魔から街を守る!」

「嘘じゃありませんっ! 本当なんですぅ!」

「何だ小娘! 何故悪魔と共にいる!? 邪教徒か!!」


 あぁ、駄目だ。何を言っても無駄だ。

 一触即発な状態からついに緊張の糸が切れる。


「ええい! 邪悪な者どもに天誅を! 総員かかれぇ!!」


 兵士達が動き出すその時、聖職者の格好をした男が街から走り出してきて叫ぶ。


「お待ちなさい!!」


 そのまま聖職者はバティンの兵士の間に入り、息を整えて言う。


「貴方が先日現れたという悪魔ですね?」

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