第5話 キノコ狩りの悪魔

キノコ狩り。

 楽しいレジャーのような響きだが、そのキノコ狩りに向かっている老人と少女は鉱山奴隷のように疲れ切っていた。

 身体がではなく、心が。

 今2人は大きな木の根元に座り込んでいる。


「どうした? 早く進むぞ?」


 ただ1人元気なのは悪魔だけだった。


 ゴブリンの襲撃を受ける事7回。

 魔狼に囲まれる事6回。

 巨大な熊の魔獣に襲われる事1回。


 その全てはバティンが対処して、村長とクレアには擦り傷1つ無い。

 が、2人ともこんな山奥まで無防備に入る事はなく、魔物に対峙した経験も少ないため精神が擦り減ってしまっていた。

 また、バティンが処理する方法にも問題があった。

 例の山賊を葬ったのと同じく、出てくる魔物や魔獣はバティンが手を払う仕草を見せると消し飛ぶ。残るのは攻撃の範囲から外れて居たであろう部位のみ。


 さっきの熊の魔獣は本当に恐ろしかった。

 出会った瞬間、2人は死を覚悟した。だが、バティンが煩わしそうに手を振るとそこには熊の下半身しか残っていなかった。

 それを見て、さらに恐怖で身体が震えた。


 そんな事もあり、2人はちょっと疲れてしまっていた。


「バティンさん、ちょっと休憩させて下さいお願いします」

「申し訳ありません、腰が抜けて…」

「む、仕方あるまい」


 バティンは少し不満そうだが、休憩を許可すると空を見る。

 もう日が沈んでしまいそうになっていた。


「ふむ、貴様ら人間はそろそろ夕刻の時間であろう? どれ、何か我が捕ってきてやろう。しばし待つが良い」

「あ、ちょっ! バティンさん行かないで」

「ぬ、何だ娘? 腹が減っていないというのか?」

「あ、いえ、そうではなくて」


 こんな魔物ひしめく山奥に非戦闘員である2人だけで残されたら死ぬ。

 クレアはバティンを止めて、背負ってきた鞄をゴソゴソと漁る。

 すると、中からパンと果物を取り出して並べた。


「私の荷物から食糧は出しますので」

「ほぉ、娘。それはマジックバックだな?」

「あ、はい。エヘヘ、これ両親が無理して買ってくれたんです。大きいし、時間停止とかの性能はないんですけど…大切な物なんですよ」

「うむ、大事にすると良い」

「すみませんな、クレアさん」


 バティンは並べられた果物の1つをひょいと取ると繁々と見つめる。


「娘、この果実は何と言う?」

「それはリグの実と言って、甘くて美味しいですよ」

「ほぉ、そうか」


 バティンはギザギザの歯で一気に半分程削り取る。非常にワイルドである。

 クレアは自分と村長の分をナイフでカットしていた。


 改めてクレアはバティンの顔をよく見る。

 端正な顔立ちをしており、そこだけ見ると格好良い男性となるが、赤い目や爬虫類のような縦長の瞳、頭の左右に生えた立派な角や先程リグの実を齧った鋭い歯を思うと、やはり悪魔なんだなぁと今更ながら再認識した。


 ただ、悪魔ではあるがバティンは今のところ理不尽に暴力で従わせたりはしていない。

 尊大な振る舞いではあるが、さっきも食糧を取りに行こうとしてくれたりと優しい部分もある。

 クレアはバティンに対して当初のような忌避感は薄れていた。


「このリグの実とやら中々美味いではないか」

「本当ですか? 良かった。もう一個食べます?」

「うむ、頂こう。寄越すと良い」


 リグの実が気に入ったバティンは、その後もう一つ追加で食べて休憩の時間は終わった。







 すっかり辺りは暗くなり、クレアと村長はランタンを灯している。

 ヒィヒィ言いながら山道を登って行き、目的地付近に到着する。


「こ、この、辺りが、ふぅ…キノコが生えている場所になります」

「おお、この付近であるか」


 バティンはキョロキョロと周りを見渡すと、迷いなく一本の木の根元にしゃがむ。


「村長よ、コレがそのキノコで間違いないな?」

「そうです。それです。いやはや、見るのは久々になります」

「辺りにはまだまだあるようだが、もっと採ってしまっても良いか?」

「はい、大丈夫でございます」


 いそいそと鼻唄を歌うような軽い足取りで木の根元を探し回るバティン。

 この暗い中良く見えるなぁ。とクレアは感心した。きっと悪魔の能力か何かて暗い所でも良く見えるんだろうなぁと何となく思っているとバティンがクレアに声をかける。


「これ、娘。お前も採取せぬか。行商の商品にもなるだろう」

「あ、はい。でもバティンさん、そんないっぱい採ってどうするんです?」

「聞けば村の者達も余り食べられないキノコだと言うではないか、村に世話になった礼として振る舞ってやろうと思ってな」


 クレアは自分の中の悪魔のイメージが崩れる音を聞いた。

 まぁ、既に結構崩れていたが更に粉々に砕かれた。

 縁もゆかりもないどころか別種族の辺鄙な村でお茶を振る舞って貰った礼として希少なキノコを採り、振る舞うという悪魔。

 同じ人間でさえ、そこまで律儀な人は滅多にいない。クレア自身でさえ、村の為に採って帰るという気持ちは無かった。

 村長など涙ぐんでいる。


 クレアはそんな自分が恥ずかしくなってしまい誤魔化すようにバティンに話し掛ける。


「あの、採ったキノコ…私の鞄に入れます? 容量に余裕はありますし」

「ん? ああ、心配いらぬ」


 バティンはひょいひょいとキノコを採っては後方に放っている。

 放物線の途中でキノコは虚空に消えていた。


「我も異空間を作ることは出来る。そこに収納しておるからお前は自分の分を採るがいい」


 簡単に言っているが、常識外れの行為である。

 悪魔は皆こんな凄い事を簡単にやってのける者ばかりなのかとクレアは思った。


「さて、十分に採れた。帰りは飛んで帰るとするか」


 クレアは絶望した。村長は頭にハテナマークが出ている。

 村に着いた時、村長の涙は別の意味のものに変わっていた。

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