第3話(初稿)
ロバートは焦る気持ちを抑えつつ、レンタカーで海沿いの道を人を探しながら走っていた。
何となく予感はあった。
だからこそ、諜報部の人員を倍にするよう要請を出した。
橘朱莉の家を訪問した三日後、事態は急変した。
橘朱莉が姿を消したのだ。
幸いなのかはわからないが、赤子はベビーべットに寝かされていたので一緒にいなくなったわけではなかった。
ただ衰弱が激しかった。
どうやら私たちが訪れた後、赤子や当人の食事や着替えが行われた形跡がないことから、橘朱莉の精神状態が危ぶまれた。
諜報部の人員の補充は間に合っていない。
私とマイク、諜報部の五人で探すしかない。
二人は、赤子を病院に連れていき手当を受けさせなければならないからだ。
警察に一応捜索願を届けたとはいえ、事件性がなければどこの国でも警察は動かないものだ。
もうすぐ日が暮れる。
ほかのメンバーからの発見の報告はない。
その時、砂浜から海に向かって歩く女性を見つけた。
いや、もうすでに膝上まで海に浸かっている。
橘朱莉か?
私は判断に迷う。
ここで時間を取られれば、捜索はより困難になる。
ロバートは決断する。
人の命にかかわる判断は、もうこれっきりにしてほしいものだ。
車を急停車させると、急ぎその女性のもとへと駆け出すのであった。
真っ暗な世界で、私は翔ちゃんを追い駆けていた。
でも、翔ちゃんとの距離は縮まらない。
どんどん、どんどん離れていく。
「翔ちゃん、待ってよ。 置いて行かないでよ。 私もそっちに行くから。 待って」
先を行く翔ちゃんの背中に必死で声を掛ける。
涙で良く前が見えない。 でも走り続ける。
翔ちゃんの歩みが止まったみたい。
今のうちにたどり着かないと、無我夢中で走り寄る。
ドンっと翔ちゃんの背中に自身の身体をぶつけるように、後ろから抱きしめた。
もう絶対に離さないんだから。
ぎゅうううっと力いっぱい抱きしめる。
翔ちゃんが首を回し、私の顔を困ったように苦笑いしながら眺めていた。
「翔ちゃん、やっと捕まえた。 酷いよ、私を残していくだなんて」
泣き顔を見られなくて、背中に顔を擦り付ける。
「ほら、やっぱりだ」
「全く、お前がしっかりしないから」
「だから彼女がこんなところまで来ちまうんだよ」
ん? 知らない人達の声がする?
翔ちゃんの背中から、顔を離して周りをみるとどこかで見た一五人の男性が私と翔ちゃんを取り囲んでいた。
どこで見たんだっけ?
ごく最近のような気がするんだけど……。
「あ! 思いだした。 翔ちゃんの上司さんと同僚さんだ!
翔ちゃんがいつもお世話になってます。
翔ちゃんの幼馴染の橘朱莉です。よろしくお願いします」
私は翔ちゃんの上着の裾を摘まみながら離れると、みんなにお辞儀をした。
みんなは、ポカンとしていたけど、次の瞬間笑い出した。
私、何か変なことしちゃったかな?
オロオロしていると翔ちゃんが、私の頭を撫でてくれた。
「ホント、良い子だよなぁ~」
「ああ、こいつにはもったいないわ」
「翔平、お前には私たちの娘であり、妹でもあり、アイドルの橘朱莉嬢はやれん!」
「ぎゃははは、隊長言うねぇ~。 その通り!」
そう言って同僚さんたちは、翔ちゃんの頭をグリグリと撫で回す。
「でも、お嬢さん、ここから先は来ちゃいけないよ」
「え?」
「ここから先は死者の世界だ。 だからお帰り」
「や、やだ、私も翔ちゃんと、みんなと一緒に行く! 行かせて下さい」
「向こうの世界に残してきたものがあるだろ?
あの子に俺たちと同じような人生を味合わせないでくれ。 な」
翔ちゃん以外の一五人が頷く。
「朱莉、航平のこと頼むな。 俺は父親らしいこと何もできないけどさ」
「ロバート提督なら、上手くやってくれるさ。 何せあの人には、でっかい貸しがあるからな、俺たちには」
「と、いうわけで我らがメビウス中隊アイドル、橘朱莉嬢に敬礼」
「じゃあな」 「元気に暮らしてくれよ」 「幸せにな」 「最後に朱莉に会えて本当によかったよ」……。
翔ちゃんを含めて一六人が別れの挨拶をしてくる。
みんなが、翔ちゃんが行っちゃう。
でも、足は動いてくれなくて、身体も動いてくれなくて、ただ眼からは涙が溢れてきて、ゆらゆらと落ちていく感覚に私は身を委ねるしかなかった。
真っ白い天井。
ここはどこだろう?
ベットの上?
「気が付いたかい」
声がした方に顔を向けると、心配そうな顔をしたロバートさんがいた。
「私……」
ぼんやりする頭で考えるけど、ここ数日の記憶が曖昧だった。
「航平は?」
「多少の衰弱はあるが、無事だ」
「そう、ですか」
「いま、医者を呼んでこよう」
そう言うとロバートさんが部屋を出ていく。
あれから何日経ったんだろう?
ほとんど記憶がない。
ただ、夢の中で翔ちゃんとその上司の人と同僚さんに会っていた気がする。
つらつらと考えていたけど、何だか眠くなってきちゃった。
起きたら、航平に謝らないとね。
でも、いまはもう少しだけ夢の余韻に浸っていたかった……。
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