第14話 絶望の終末。

―二か月前―

それは、学園祭での出来事だった。




学園祭が終わった後、花弥は、一人で後夜祭の為に買ったジュースを教室に運んでいた。

その途中、ビニール袋が指に食い込み、痛かったから、しばらく時間を置いてから運ぼうと、階段の踊り場で休んでいた。


「はぁ…重た…」

右手をくるくるしたり、伸ばしたりして、一息ついていた花弥の後ろから男の子の声がした。

「それ、運んでやるよ」

(!)

聞き覚えのある少し高い慌てて振り向くと、

「あ…なんだことか…」

「強君…あ、ありがとう…」

強はそれ以降、何も話さず、階段を上りきると花弥の教室に運び込むとささっと去って行ってしまった。




強と花弥は、同じ小学校出身で、何を隠そう、花弥の初恋の人だった。

小学校の時は、本当の兄弟のように二人は仲が良かった。

家がご近所だった事もあり、毎日一緒に登下校していた。

「言ちゃん!学校行こう!」

毎朝七時に花弥の家に迎えにくる。

「あ、強君!今行くー!」

そう言うと、朝ごはんを掻っ込み、、小学生の花弥は素早く靴を履いて、走り出した。

「言ちゃん!学校までかけっこしよー!よーいドン!!」

「えー!!強君ずるいー!!」

そんな風に、キャッキャッ言いながら、過ごした日々は、花弥にとって特別だった。



しかし、中学生になった時、強が引っ越してしまい、一旦はその幼い恋を諦めたが、高校受験の時、強がまたこっちに引っ越してくると知り、色々な友達伝いに、受ける高校の情報を手に入れた。

その時にはもう慎吾とは別れていたし、自分の学力にも相応だったこともあり、強と同じ高校を受験したのだ。



しかし、この学園祭まで強と出会う事はなかった。

そう、入学式の時、キョロキョロと挙動不審だったのは、強を探していたのだ。




久しぶりの再会にしては、あっけなかったと言うか、何だか素っ気ない感じも、照れ隠しだと思うと、頬がほころんだ。



その時、“やっぱりすきだなぁ”と、自分の初恋にもう一度恋をしたのだ。




“強君への告白が上手く行きます様に”



…何故…何故花弥はその願いを口に出さなかったのか…。

悔やまれてならない。









『限定のアイスが食べたい』だの、『寛子と喧嘩したから、仲直りしたい』だの、『お母さんが嫌いで飼えなかった猫を飼いたい』だの、他愛のない事は幾つも幾つも口に出して叶えられてきたのに、どうして…。




どうして、『強と付き合いたい』と、寛子でも凛でもいい、むしろ祐一に言わなかったのか…。

いって居れば、何事もなく…少なくとも祐一の白い羽根が抜けるだけ済んだというのに…。




―十月二十二―

「あ、強君…。ごめんね。急に呼び出して…」

その日の放課後、花弥は強を屋上に呼び出した。

自分の、時を超えた気持ちを告白するために。




誰にも告げることなく―…。




「何?言。俺部活あるから話なら早くして」

「あ…うん。えっと私、小学校の時から強君のことが好きで…だから…その…」

初恋の人が目の前にいて、信じられない…。

ドキドキは強に聴こえそうだ。



「ふ」



強が笑顔になった。

花弥は、その返事を期待した。たった一言、『俺も』…と言ってくれたら…。

ところが、強の口から吐き出されたのは、思いもしない一言だった。



「お前、茉莉の言う通りの女なんだな」

「へ?」

“茉莉”…慎吾の彼女の事だろうか?

「茉莉とは中学の塾で知り合って、色々聞いたけど、お前最悪な!嫉妬深いし、我儘だし、二股とかしょっちゅうだったんだって?」

「え、ちょ、ま…」

花弥は、困惑して頭の回転がストップしてしまった。



余りに唐突な強の言葉に、もう混乱しかない。

そんな花弥を置いて、強は畳みかけた。

「小学校の頃はまだましな奴だと思ってたけど、ちょっと顔可愛いってだけで、調子乗ってんじゃねーよ」

そう吐き捨てると、強はさっさと裏庭からいなくなった。





花弥は、夢でも見たのかと思った。

あんなに仲良しだった強が、花弥とは全く接点のなかった茉莉の言葉を信じ、今の自分をまったく見てくれていない事に、小学校の頃あんなに通じ合っていた気がしていた強が、今はもう心の何処にもいなくなるならまだしも、只のビッチ並みの言い草だ。



花弥は、絶望した。




そして、屋上の階段んを降りていく強の背中に向かって、とうとう、言ってはならない一言を…コトノハを放ってしまった。





「死んじゃえ」





その瞬間、祐一の心臓が壊れそうな悲鳴をあげた。




「ぐあぁ―――――――――――――――!!!!!」





放課後の教室で守ると他愛ない談笑していた、祐一の体が、祐一の意識を奪い、窓を突き破り、右に白い羽根、左に黒い羽根、その二つの羽根を、大きく大きく羽ばたき、祐一は意識を失った。

その祐一は仰向けになり、屋上へ飛んだ。



「祐一!!」




そう叫んだ途端、守の…地球が呼吸を止めた。

そして、この地球で動いているのは、祐一と花弥はだけになった。



そう。花弥の『死んじゃえ』の一言で、祐一の背中の、黒い羽根が全て生えそろってしまったのだ。



屋上で泣きじゃくっていた花弥の前に、突如舞い上がり、現れた羽根を広げた祐一の姿に、花弥の驚き、声を失った。



「僕はもう君の願いを叶える事は出来ない。言ノ葉花弥、あなたの言葉はもっと誰かを幸せにすることが出来る。どうか…これ以上憎しみを生まないで…」



目を閉じたままの祐一の口がそう動いた。



訳も分からぬまま、呼吸を止めていると、さー…と白い羽根が消えていき、黒い羽根が祐一の体を屋上から真っ逆さまに引きずり下ろした。

足を竦ませながら、下を覗き込むと、真っ赤な鮮血の中に祐一が倒れていた。

その様を瞳が捉えたその瞬間、白でも黒でも灰色でもない不思議な空間に花弥は、導かれた。



そこには、確かに死んだはずの祐一の体がふわふわと浮いていた。

そして、瞳を閉じ、意識すらないまま、祐一の口だけが動き始めた。



「花弥ちゃん…、僕のこの羽根は、善悪の羽根なんだ。僕が人生で初めて好きになる人の願いを叶え、そして、それが善なら白い羽根が抜け、悪なら黒い羽根が生える。白い羽根が抜け終われば、僕は天国に逝く。黒い羽根が生えそろえば、僕は君の代わりに地獄に墜ちる。どっちにしろ花弥ちゃんの願いのコトノハで僕は死んでしまうんだけど…」



「どうして…祐一君が…」

花弥はやっとの想いで、か細い声を絞り出した。



「それで良いんだ。花弥ちゃんは僕の初恋の人だから。花弥ちゃんの為に天国へ逝こうが地獄に墜ちようが…、僕が花弥ちゃんの為に死ぬ運命にあるのは変わらない。でも、花弥ちゃん、君は違う。君のコトノハは自分を…誰かを幸せにするためにあるんだ」


「嫌…やめて…!やめてよ!!」


怯え、震える花弥の言葉を遮り、無意識の祐一の口は動き続ける。



「最後に残ったこの一本の白い羽根で、どうか自分を…誰かを幸せにする為に使って。君のコトノハで世界は変わるんだ。だから、この最後の白い羽根で、花弥ちゃんのコトノハで一番平和な世界を作ってよ」


そう言うと、祐一の後ろに真っ黒な円が現れた。



花弥は驚きと、恐怖と、戸惑いの中、浮かんできた願いは一つしかなかった。





「ごめんなさい…祐一君…。私の醜い願いが祐一君を地獄に落としてしまうなんて知りもせず、ひたすら人を憎んだ私を許して。だから…」




最後のコトノハを続けようとした花弥に無意識のはずの祐一が、必死で花弥に何かを伝えようとした。



「ダメだ…花弥ちゃん。僕はどっちにしろ死ぬ運命にある。君が望むべきことは、そんな事じゃない…!」



無意識下の中、必死で花弥の最後の願いを変えようとする祐一。

しかし、花弥の意志は固かった。






「私の命を、叶祐一に託します」





そう言うと、ブラックホールのような黒い闇は消え、濁ってしまった水のような世界は、花弥の言葉で、光に包まれた。

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