第11話 覚悟。

―月曜日―

「おはよう!祐一君!」

「あ…花弥ちゃん。お、おはよう」

「ん?なんか元気ない?祐一君

「え?あ、いや!何でもないよ。ライヴ楽しかったね」



ほとんど覚えていないライヴを、本当は封印したくなるくらい、怖かった土曜の夜の事を、何とか押し込んで、祐一は笑った。


しかし、聞かずにはいられない。

怖い。でも、聞かなきゃ…。



「ねぇ、花弥ちゃん、花弥ちゃん僕の背中に何かついてる?」

「へ?ゴミとか?ついてたら取ってあげるよ!」

そう言う花弥に、心臓が止まるかも知れない…それほどの覚悟で背

そして、

(なんだ?)

みたいな、沈黙があった。

「花…花弥ちゃん?」

「噓でしょ?」

(!)

やっぱり!祐一は思った。

やっぱり、花弥にはこの羽根が見えている。

恐らく、今までは見えていなかっただけで、今は、きっと見えている、と。

「…桜?」

「へ?」

花弥の口から、余りに素っ頓狂な言葉が漏れた。



「もう桜なんて散ってるのに、祐一君の背中に桜の花びらがついてた!」

花弥は、祐一の背中についていた桜の花びらを祐一に見せた。

「あ!ねぇ!憶えてる?私たちが初めて会った時と同じハート型だよ!」



祐一はその時、もう一つの羽根の答えらしきものに行きついた。



(花弥ちゃんの言葉が僕の羽根を抜いたり生やしたりしているのは、僕が花弥ちゃんに恋をしたから…?)



祐一は、思い出していた。

花弥に初めて会った時の事を。


あの日、羽根が生えたあの日、ハート型の花びらを欲しがった花弥を、可愛いと思った。

ドストライクだと思った。

花びらを、押し花にして大切にすると言った、花弥に、祐一は恋に墜ちていたのだ。



「じゃあ…良いか…」



祐一は、花弥に背中を向けたまま、そう言った。


「え?なんて言ったの?」

「ううん。何でもないよ。良いんだ。これで」



祐一は、自分でも驚くほど、さっきまで感じていた恐怖が消えた。

この白と黒の羽根は恐らく、一目惚れした花弥の為に抜き、生えしている。

解らない事は積算していた。

しかし、自分の推理通りの事が、この身に起こっても、花弥の為なら、もうそれでいい。


…そう…思った。


それが、さっきまで暗いトンネルへ追い詰めて来るような恐怖感が示唆しているように、そう―…、



自分の“命”に関わる事だとしても。



一人、納得…いや、覚悟をした祐一に花弥は祐一の後ろ姿に何とも言えない空気を感じた。

自分の一番傍にいてくれるような温かさを。

しかし、一人、何処か遠くへ行ってしまうような感覚も同時に覚えた。



「祐一君…」


思わず花弥は祐一の背中を見つめたまま、名前を呟いた。

「ん?」

振り向いた祐一の顔を見て、花弥は驚いた。

祐一の顔は、入学式以来見た事の無い、穏やかで、優しい笑顔をしていたのだ。


(こんな素敵な笑顔の人だったっけ?)

花弥は、胸が高鳴った。


「花弥ちゃん?どうしたの?」

「あ、ううん。何でもない」

「そ?」


そのまま授業開始のベルが鳴り、みんな黒板に視線を集中させた。

スラスラとノートに黒板に記されていくそれを写していた。

そんなもの記さない、見つめない、気にしていられない…、そんな祐一の横顔を、横目でちらっと、覗き込むと、その視線を察したかのように、祐一は花弥の方を向き、にっこり、微笑んだ。



花弥は、また少し胸が高鳴った。



祐一がどんな覚悟をしたかも、もちろん、羽根の事も、何も知らないで。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る