第2話 奇跡!奇跡!奇跡!

裕一ゆういち!入学式から遅刻する気!?」

朝からご近中に響き渡たるほど、大きな声で、母さんが僕の部屋へ乗り込んできた。

「なんだよ…勝手に入ってくんなよ…しかも、しかも、まだ六時じゃん…」

眠気が残る頭に母さんの大声はきつかった。

母さんの少しヒステリックな大声に、ふらつきながら、僕はベッドから這い出した。


今日から、僕は高校生になる。


そして、この日、僕は何とも不思議な世界の入り口に迷い込むことになる。

それは、誰に言っても信じてもらえないだろうし、僕だって信じられない。

僕の命は、僕のものじゃなかった…という事を、心の真ん中に刺さるように思い知る事になる。




「ふあぁあ…」

一つ大きなあくびをして、まだ冷たい部屋の床に足をついた。

いつもの様に、洗面台向かい、顔を洗おうと鏡を見て、祐一は自分の目を疑った。

右の背骨の辺りから、肩甲骨の間まで、大きな白い羽根が生えていたのだ。

裕一は何度も何度も目をこすり、それが錯覚ではないかと、思おうとした。

しかし、目をこすっても、背中を触っても、ほっぺをはたいても、羽根は確かに裕一の背中にあった。

不思議なのは…不思議じゃすまない事ではあるけれど、その羽根は、右にしか生えていなかったのだ。

その羽根を見て、呆然として見ていた裕一の背後から、母さんが、


「何してるの?早く顔洗いなさい!」

と頭を軽くはたいてきた。

その母さんに、いつもと違う様子は見えない。

母さんには見えないんだろうか?


じゃあ、ここは天国で母さんも、この風景も幻で、僕は死んでしまったのだろうか?



祐一は思わず背中が、ぞっとした。


「母さん!僕の背中、なんかない!?」

恐怖を振り払うために、祐一は思わず母さんに問いかけた。

「は?何にもないわよ。ほら、早く用意しなさいよ!」


母さんの、三度目の催促に、仕方なく気持ちの悪い感覚を背中に残し、祐一は朝ごはんを食べ、高校の入学式へと向かった。



高校に向かっている間中、祐一は自分が怖くて、怖くて仕方なかった。

それは、背中がムズムズすると、大きくなって、その度、どんどん顔色が悪くなっていくのに自分でも解った。

って、それを誰か解る人がいるなら、教えて欲しい。

一体なんだ?



“自分が怖い”…いや、違う。

この羽根が怖い。

なんで、何のために、どうして自分にこんな奇妙なものが生えているのだろうか。

それが解らない。

自分は天使にでもなったのだろうか?

しかし、片方だけと言うのがだけだと言うのが、どうしても引っかかる。

もう片方が生えたら、死ぬ…みたいな暗示なのだろうか?

そんな事考えていると、また背中に冷たいものが流れた。

その瞬間、

(次はなんだよ!?)

慌ててその主を探した。

しかし、また触る事の出来ない何かかも知れない。

恐怖と、気持ち悪さを振り払おうと、髪の毛に引っかかっていたそれをつかんだ。

すると、それは高校の通学路に立っている桜の花びらだった。

(なんだ…花びらかよ…驚かせやがって)

安心したのもつかの間、祐一は三度、心臓が止まるような思うすることになる。

「わーその花びら、ハートの形してる!」

いきなり後ろから女の子の声がしたのだ。

思わずびくっとした祐一をよそ眼に、僕の背後でその子は続けた。

「可愛い!それ欲しいな!くれない?」

肩をすくめるよに振り向いた祐一の目に飛び込んできたのは、余りに可愛らしい女の子だった。

背は百五十センチくらい。

少女漫画に出てきそうなロングヘアーでもなく、ショートボブで愛嬌のある顔立ちの女の子だった。

しかし、祐一の好み、ドストライクだった。

しばし、その子に目を奪われていると、

「ダメ?」

と言われ、祐一はやっと我に返った。



「あ、…はい、どうぞ」

祐一は、朝、羽根を見つけてから、初めて親以外と初めて声が出た。


その子の手のひらに花びらを乗せると、その女の子は大袈裟に喜んだ。


その瞬間、背中が軽くなり、地面を見ると、ひらりと白い羽根が僕の肩から舞い降り、地面に消えていった。

祐一は、ドストライクの彼女を見て、一瞬恐怖を忘れていたが、再び身震いした。


「ありがとー!高校生活初日にこんないいものもらえるなんて、なんか期待しちゃうなぁ」

「あ…一年生?」

「あ、じゃあ、そっちも新入生?制服、新しいから、そうかな?とは思ったんだけど。私、言の葉花弥ことのはかや。あなたは?」

「あ、かのう祐一」

「裕一君か!よろしくね!」

にっこり笑うと、花弥は続けた。

「一緒に行かない?学校」

思っても見ない好発進だ。



しかし、祐一は女の子慣れと言うものが全くもって備わっていない。



「うん」

と言う言葉の代わりに、足が先に動いた。

歩き出しても花弥が付いてこないから、おもむろに振り返り、、きょとんした顔の花弥に言った。

「どうしたの?行かないの?」

「あ、うん!行く!いきなり話しかけて、気分害しちゃったかな?って思って」

「あ…ごめん」


女の子慣れをしていないのに、格好つけよなんて都合よすぎた。

気分を害してしまったのは祐一の方だ。

そんな事気にもとめない言った感じで、花弥はとたとたと可愛らしい走り方で、僕の右に定位置を決めた。

僕はばれないように、道路側に顔を向け、視線を逸らした。


心臓が破裂寸前だった。



地面に落ちた羽根の事なんて、そんな重大な事を(好みの)女の子と一緒に歩いている、それだけの事で羽根の存在を忘れた。



馬鹿だ。



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