第74話 殴りたい日向

 食事の後、俺は日向ひなたと出かけた。

 朝早くに連絡が来たらしい。


 日向の参加している、格闘技教室の緊急招集だ。


 今日は祭りの翌日だから練習がない筈だったけど、日向が帰ってきたから急遽練習を入れたらしい。


「いつも、朝に練習あるの?」

「夕方。朝はみんな忙しい」

 漁師が多い土地だから、朝は仕事なのか?


 今日は盆休みだから、みんな集まれるのだろう。


 俺たちは今日の夕方には、ここを離れる。だから、今日しかない。

 午後は、日向母とお出掛けすることになっているので、午前中のみの練習だ。



 集まった場所は、港だった。

 昨日の港と違って、こじんまりしている。小さな漁船ばかり。


 大きな鉄製の屋根がある場所。壁はない。

 普段の朝は、ここに魚を水揚げするのだろうか?



 20人弱の人が集まっていた。

 昨日の夜に見た人もいる。

 見ていない人もいる。初めて見る人は子供と女性だった。


「よお、来たな」男が声をかけてきた。

 昨日、日向と戦った、一人目の男だ。

「ん」日向が返事する。

「お早うございます」俺も挨拶した。


 ガタイのいい男がやって来る。

 昨日の三人目。日向を殴った男だ。

「おう」

「ん」

「お早うございます」

「いらっしゃい。よく来てくれた」

 男はこのグループの師範で、康太と名乗った。


 他の人たちとも挨拶する。

 だいたい、日向は「ん」で済ませた。

 家ではあんなに喋ってたのに、何なんですか?

 なお、誰も気にしない。


 みんな下の名前を名乗る。

 このグループでは名前呼びが習慣なのか?


 違った。

 全員、名字が「三鬼」だった。名字では区別できないだけだった。

 田舎者め。


 師範は30歳くらいに見える。生徒は20歳台が多いか?


 若いのもいる。俺たちくらいや、もっと小さな子。

 けっこうバラバラ。


 師範が若いので、生徒も若いのだろう。

 格闘技をしているグループはいくつかあり、ここが一番若い師範のグループということだった。

 師範は大学生のときから、本格的に格闘技をやっているらしい。

 水産大学出のインテリ漁師だった。


 俺たちぐらいの年の男女が話しかけてきた。

 一人は昨日、日向と戦った二人目。高校生くらい、俺より背が高い。年上に見えた。

 もう一人はすごく美人の女の子。日向より少し背が低いか? まだ若く、中学生ぐらいに見えた。


「日向姉さん、婚約したの?」女の子が日向に、キラキラした目で言った。

 日向に憧れてるのか、婚約に憧れがあるのか?

 婚約だろうな。日向だし。


「こんなのと?」

 男の方が言った。えっと、こんなのって、俺の事?

 俺はクールにスルーする。

 だって強そうで怖いから。


「速人。殴るよ?」日向が言った。

 何なの? 俺の彼女さん。

 戦闘民族ですか? 殺気を放つのやめてほしい。俺が怖いから。


「速人兄さん、だめだよ。日向姉さんの恋人さんにそんなこと言ったら」女の子がたしなめる。

「こんな貧弱なんじゃ、日向姉さんを守れないだろ」

 貧弱って言われた。


 と言うか、君達よく日向の殺気を浴びて平気だね。


「私が拓海を守るから」日向が言った。

 まあ、物理的には日向の方が強いだろうね。明らかに。



 殺気を放つ日向は放置して、皆さんと交流した。

 みんな日向の事を聞きたがった。

 昨日の夜いなかった人たちに、同じような事を話す。

 だって日向は「ん」とかしか言わないから。


 あと、速人と呼ばれていた男は中学生だった。女の子に至っては小学生だった。


 そういや、演劇部の高松明里も初めて日向を見たとき、年上だと思ってたな。俺の彼女さんだと知らなかったときだけど。着ぐるみのバイトしたときの事ね。


 みんな発育良くって、実年齢より年が上に見える。

 あと、男も女もみんな美形。噂通りの村だった。

 なんか帰りたい。



 みんなが練習しているのを、座って見ていた。

 なんか地味な練習で退屈。

 普通に準備運動して、ゆっくり型を繰り返すだけ。何なら動かずポーズをとっているだけすらある。


 ま、基本は大事だね。



 師範の指導で、地味な練習をした後。みんなが少人数に別れて、めいめいの練習をする。


 日向はさっきの子達と一緒にいる。


 俺は師範の手が空いたところで、声をかけた。


「昨日、日向を殴りましたね」

「何? 怒ってるの?」

 いや、まあ、怒ってるけどね。


「僕にも教えてもらえませんか?」

「半日で何を?」


「僕も日向をぶん殴りたいので」



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