第73話 婚約指輪は給料の何月分か?

 誰だよこれ?


 俺は布団の中で独り言を言った。


「なにか言いましたか?」日向ひなたが訊いてくる。

 祭りの後、彼女の部屋で二人で同じベッドに入っていた。

 田舎の家なのにベッドあるんだ。いや、田舎は関係ないか。


 持参したお揃いのパジャマで、一緒に布団に入っている。

 彼女は俺の胸に抱きつく体勢で引っ付いている。ずっと引っ付いている。

 暑い夏の夜だった。

 クーラーをかけているのに暑い。


 まあ、暑苦しいのは日向なんだけどね。


「今日、拓海はプロポーズしてくれましたよね」

 うん、まあ、プロポーズにも聞こえるような言い回しをしたかな。

「嬉しいです。幸せです。もう幸せすぎて死んでしまいそうです」

 だから、死ぬなって言ったよね?

 ホント頭悪いな、この子。


 で、今これである。布団に入ってから、同じようなことをしゃべり続けている。

 半時間くらい。


 ホント、誰だよお前。


 彼女の実家ではこの調子。家の中と外では性格変わる人は珍しくないが、彼女もその一人だったようだ。

 内弁慶日向だった。

 いや、変わりすぎだろ。


「今日、拓海はプロポーズしてくれましたよね。嬉しいです。大好きです。拓海は私の王子さまです」

 王子さまって誰だよ。

 何回おんなじようなこと言うの?


「今日、拓海はプロポーズ……」

 これがまだ半時間ほど続くので、以下略だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「今日、拓海はプロポーズしてくれましたよね?嬉しいです。愛してます、拓海」


 まだ続くの?


「私は生きててもいいのですね?」


「うん、いいよ」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 朝目が覚める。

 日向が俺をのぞきこんでいた。覆い被さるように。


 ずっと見ていたのだろうか?

「お早うございます」

「お早う」

 彼女の半端に長い髪の毛が、俺の顔を撫でる。

 前髪切りたい。

「キスしてもいいですか?」

「うん」

 いきなり舌を入れてきた。息が続かないくらい、長いキス。

 苦しくなってきて、我慢できなくなった頃にやっと、口を離す。

 彼女は深い吐息をついた。

「触ってもいいですか?」

 俺が寝てる間に、勝手にさわるのはやめたようだ。

 えらいね。

「そろそろ起きよっか?」



 日向母が、朝ごはんを用意してくれていた。

 俺の「いただきます」に合わせて食事をはじめる。


 いつもの食べさせっこも、日向母はスルー。

 もちろん昨日の夜も、日向母が見てる前でやったよ。儀式だからね。


「お母さん、お母さん。拓海にプロポーズされました」

 昨日も言ったよね。

「結納っていつするのですか?」

 婚約しただけではしないよ?

「婚約指輪はいつ買いにいけばいいですか?」

 え? 買うの? いくらするの? 雑貨屋の指輪じゃだめ?



「ごちそうさまでした」

「「ごちそうさまでした」」

 俺にならって二人も頭を下げる。


 日向が食器を洗いに行った。

 俺も手伝おうとしたが、日向母に、「お客さんだから座っててね」と言われて、今はお茶を飲んでる。

 洗い物しているのは日向だけで、日向母は俺の前でニコニコして座っている。


 手伝いに行った方が気が楽です。はい。


「日向の婚約は、子供の遊びみたいなものだから、気にしないでね」

 俺は愛想笑いを浮かべるしかなかった。


 いつもの、付き合ってると言えること、ですか。

 婚約ごっこ?


 うーん。もう、日向に恋人ごっこをする理由はない筈だ。

 あれは、本気じゃないかな?


 ……、ん? 俺、詰んでる?


 プロポーズだって、ほぼ日向の捏造だよ。

 プロポーズにとられても仕方ないこと言ったかもしれないけど。


 俺、プロポーズしてないよね?



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