第71話 (日向視点)奇祭。第二戦


日向ひなた!格下に待ちなんかするんじゃねー!」康太さんが怒鳴る。


 うん、ごめんね、速人。

 行くよ。


「おー!!」叫ぶ。

 叫んだのは体の緊張を消すため。フェイントの意味もある。

 彼は一瞬、私の叫びに気をとられ目線が動いた。

 一瞬が勝負を分けることがある。


 右手でしょうをつくり、前に出す。

 掌は親指以外の指をくっつけて、手首を限界まで立てる。片手で拝む形。

 手を大きな球をつかむ形にする。打撃時に、指を痛めるのを避けるためだ。手首を限界まで立てるのは、打撃時の強度を上げるのと、手首の関節をとられないためでもある。


 右手で円を書きながら前に出る。足運びに合わせて螺旋を描く。正面を防御しながら、距離感を狂わすため。

 一気に間合いを詰める。歩幅も速度もわずかに変えて、距離感をさらに狂わす。

 最後は飛び跳ねて、接近戦に持ち込む。

 一番得意な間合いはゼロ距離。


 当然、彼はゼロ距離を拒否。


 左足の先を外に回し、足裏を私の足に当てに来る。だか、私は最後の一歩を跳ね、それを飛び越える。


 右手のしょう、一打目がヒット。初手を取った。

 私の叫びに、視線を固定してしまったのが彼のしくじりだ。それが視覚に頼って、距離感の誤認につながった。


 そのまま連打。左右の掌を絶え間なく浴びせる。

 上下に散らす。直線だけでなく、巻き込む軌道も混ぜる。

 彼は、私の攻撃を捌くだけで手一杯。でも、最初の一打以外の全部に対応してくる。

 このまま息が切れるまで持ちこたえられるとまずい。

 初手の成功のおかげで主導権を握っているが、手が止まったときに、疲労が大きいのは私だ。

 彼は冷静に、最小の動きで力を温存している。


 私は右の手を巻き込んで、顔の側面に打ち込む。ボクシングのよく似た技で言うと、フックだ。

 彼は左手を上げてガード。


 私はガードに構わず、そのまま右手を押し込む。

 本来無理手だ。でもこれは誘い。


 彼は反射的に誘いに乗ってしまう。

 接触した左手を外側に旋回させると同時に、体も左に回す。

 本当なら、無理に押し込んだ私の力が、旋回に巻き込まれて、私の体を左によろけさせる。私の力が強ければ強いほど、私に跳ね返る筈だった。


 だが私は直前で力を抜き、押し返される力を利用して、彼の左手を巻き込む。

 私と彼の手の内外が入れ替わった。

 外に向かおうとしていた彼の力を、後押しする。

 彼の体が彼の想定以上に左側に開いた。

 彼は開いた体を戻そうとする。

 流石に押される手を、力で戻すようなバカではない。私の動きに合わせて自ら体を左に回転させる事で、体を閉じようとする。


 遅いよ。


 体を閉じられる直前に私の体はゼロ距離に入った。


 私の右肩と右胸が、彼の左胸に当たる。体当たりで彼の体が後ろに押される。彼の体がその場に居着いた。


 右足で真下から蹴りあげる。

 彼は顔面にくる蹴りを、体を反らして避ける。

 もう一発。右足と入れ替わりに左足で顔を蹴りあげる。

 右手で私の足を止める。

 私は止められた左足を軸に体を捻る。左足と頭が真っ直ぐになるまで体を倒し、右回転、下ろしかけていた右足が一周する。頭も一周して、右肩から彼を確認する。


 見えた。


 見えた彼の頭部、右側面に回しなが右足踵を当てにいく。

 ここだけ見れば後ろ回し蹴りだが、三回蹴る間、一度も着地せずに続けた。これには対応できないだろう。

 彼の側頭部を刈って終わる筈だった。


 しかし彼は反応して、避けようとする。だが、避けきれずにわずかにアゴをかすめた。


 まずい。

 アゴをかすめられると、脳が揺れる。


 彼はゆっくりと倒れる。


 私は着地と同時にしゃがんで腕を出す。倒れて頭を打たないように、彼の頭を抱えた。



 ごめんね。ここまでするつもりはなかったの。

 彼の顔をのぞきこむ。

 彼はすぐに意識を戻し、私を見た。

 良かった。私は思わず彼の頭を胸に抱き締めていた。



 皆が駆け寄ってくる。

「ゆっくり下ろせ」

 そう言われて、彼の頭をゆっくりと地面に下ろす。

 ごめん。胸に顔をうずめさせられて、苦しかった?

 あれ? なんか不満そうな顔してる?


「氷あるか?」誰かが尋ねる。

 ちゃんと用意していたみたいだ。

 私は保冷剤を受け取って、彼の頭を冷やす。彼は、保冷剤を自分で押さえた。

 大丈夫らしい。


 大事なさそうなのを見て、「女に負けてやんのー」と誰かがホッとしたように、冗談を言った。

 みんな、照れ隠しに悪態とか、あと、卑猥なこと言うの、やめた方がいいよ?

 あんまりひとの事言えないけど。


 あ、みんな来ちゃてるけど、拓海は?

 まさか拓海を一人にしてないよね?

 ハッピ着てきていないことを、ろくに確認もしないような間抜けに、いきなり殴られたりしてないよね?


 私は心配になって立ち上がり、拓海のいたところを見る。


「ちゃんとついてるから心配するな」拓海の横で貴史さんが言った。

 良かった。


「このまま寝かせとけ。場所変えるぞ。日向、離れろ」

 しばらく速人は動かさない方がいい。戦場の方をずらした。



 速人戦で体力を使った。戦った時間は1分ない位、結果は秒殺だったけど、ギリギリだった。

 あと一人が限度かな。


「みんなを相手にするの、私疲れちゃう」私は甘えた声で言った。

 ごめん。流石に全員相手にできない。甘えさせてくれる?

 みんな、しょうがないって感じで聞いてくれた。誰も出てこない。

 甘やかされてるなー。


 最後はやっぱり師匠に挑戦したい。

「康太さん、しよ?」


 康太さんが前に出る。



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