第70話 (日向視点)奇祭。初戦

 拓海にプロポーズされた。


 その拓海は満点の星空を見上げて呆けている。


 可愛い。子供みたい。


 彼の手を引いて、神社に向かう。

 今日は夏祭り。初めて夜の祭に参加する。

 拓海と一緒に。


 彼が立ち止まる。

 祭に参加している人たち、つまり、殴りあいをしてる人たちを見て驚いているようだ。

 可愛い。わざと、ちゃんと説明しなかった甲斐があった。


 薄暗い外灯ではよく見えない。LED外灯に早く変わらないかな?


 立って殴っている方は、和夫さん。殴られてる方が、貴史さんだった。

 二人ともかなり強い。

 勝ったのは和夫さん。でも、かなり苦戦したのだろう、勝ったのにボロボロだ。


 和夫さんが私に気づく。


「おう。日向ひなた、帰ってたのか?」道端で会ったような気安さで声をかけてくれた。

 父さんが帰らなくなって、高校に入るとき、私が逃げるように村を出ていったことを咎めもしない。


「で、誰?」

「彼氏? んー、婚約者」


「おーい!日向が男つれて帰ってきたぞー!」

 私に彼氏ができたことをとても喜んでくれている。他の皆にも教えようと、大声で叫んだ。

 ちょっと、恥ずかしいな。


「あ、日向だ」座り込んでいた貴史さんが、いたわるような目で私を見る。

 みんなにとても心配かけていた事に、やっと気づいた。


「彼氏もやんの?」和夫さんが、拓海も喧嘩するのか訊いてくる。

「ううん。観光」

「そ」和夫さんは拓海になんと声をかけてよいか困ったように、彼から目を反らした。

 村の男たちは口下手ばかりだ。

 私も人の事は言えないけど。


 貴史さんが拓海に近づいて、「観光の方は、危ないから離れててくださいね」と言った。もっと他に言いたいことがあったろうに、ホント口下手なんだから。

「離れてて」拓海を祭に巻き込まないように、離れてもらう。


「日向ー!」と叫んで和夫さんが突っ込んでくる。

『お帰り』、と聞こえた。

 不器用な村人たちがこぶしで語り合う。それが喧嘩祭けんかまつりだ。


 彼はノーモーションで右拳を顔面に叩き込もうとする。その軌道上に、左手しょうを上にして、真っ直ぐに突き刺す。強い打撃を真っ正面で受けるのは、非力な私にはムリ。打ってきた腕に沿わすように腕を当て、わずかに腕に螺旋の動きを加える。それだけで、彼の拳の軌道は、私の顔から外れた。

 同時に左足を進め、その推力に合わせて、右手を正面顔の高さに出す。拳を握らずに親指以外の指を揃え、手のひらの付け根近くを押し出す。

 突っ込んできた彼の顔面に当たる。

 自分から顔面を殴られに来たような結果になる。綺麗なカウンターだ。


 彼がのけぞる。

 私は力を抜いて、沈む。自分からしゃがむのではなく、脱力して重力任せで沈んだ方が速いから。

 右足を伸ばし、左足に全体重をかける。両手で地面を支える。

 のけぞった彼には、私が目の前から消えたように思えたはずだ。

 体重をかけた左足を軸に、伸ばした右足を一回転させる。コンパスで円を描くように。

 一周した私の足は彼の足を刈っていた。

 彼は仰向けに倒れる。


 立ち上がりながら息を吸う。体を閉める。

 体を沈めて中腰になりながら、右足で地面を踏みしめる。息を一気に吐き出して、体を開く。


 ドン!と音がする。


 しゃがんだ体勢で、右手を斜め下に突き出す。左手は右手と正反対、斜め上に突き出す。

 地面を踏み抜くのも、反対の手を突き出すのも、蓄積した力の全てを、振り下ろす右手にのせるためだ。

 私は振り下ろした右手を、彼の目の前で止めたていた。

『ただいま』。そう拳で返事した。



「あ、参った」彼が言った。そんなわけはない。

 和夫さんは強敵の貴史さんと戦ったばかりで、まともに動けない状態だった。なのに無理して私の相手をしてくれた。


 私は中腰から立ち上がり、彼に手を差し出す。

 彼は私の手をとってくれる。

 なんか泣きそうになる。



「よう 、日向!高校行ってもサボってなかったようだな!」

 闘いの途中にやって来て、見ていた二人組が、声をかけてきた。


 康太さんと速人だった。

 康太さんは年上で体が大きい。そして速い。

 私たちの格闘技の先生でもある。

 速人は中学生の男の子。少し見ないうちに大きくなってる。拓海より大きいかな。


「日向の男ってどこ?」次々と知り合いが寄ってきた。


「なんか弱そうじゃないか?」

「ハッピ着てないよ」

「なんだ、殴れないのか」

 拓海に怪我させたら、怒るよ?


「次、俺な」速人が前に出る。

 和夫さんが場所を譲る。


「ずるいぞ。俺も日向とやりてー!」誰かの声が聞こえる。

 ごめんなさい。私のパートナーは拓海だけだから。


 速人は中学生で後輩。同じ格闘技の先生、康太さんに習っている同門だ。けっこう慕ってくれていて、よく練習を見てあげていた。

 ごめんね。さよならも言わずに別れたね。

 私に言いたいことはいっぱいあるよね。

 だから、こぶしで語り合おうよ。


 私は自然体で立つ。速人をどことなしに見る。

 速人は少し右半身を前に出した自然体。やはりどことなしに私を見る。


 力を抜いて両手を下げる自然体にするのは、相手のどんな動きにも対応するため。

 ひと所を見ないのは、意識外からの攻撃や、フェイントを避けるためだ。


 そして戦いは、……、始まらない。

 お互いカウンター待ちだったね。



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