第69話 最終戦

 日向ひなたが初めて構えをとった。


 右足を少し前、体重は少し後ろ。両手を握って頭の少し上。両手の間から覗く感じ。

 目は、ぼーっと相手を見ている。


 対する巨漢も構えをとる。

 右足を前に、体重も前に。右手を握って顔の前の方に出す。左手は握って、左頬の近く。


 今度は待たなかった。


 いきなり男は日向の目の前にいた。日向はパンチをよける。

 が、何故か日向はよろけて下がる。

 男の左足が前の方の空中に出ていた。

 次の瞬間には男は、日向の右斜め前にいて、左手左足が前に移っている。

 出された左手を、日向は左手で守ってそのまま右回転で移動。いつの間にか、男の背後をとっていた。


 ドン!

 大きな音がする。とても大きい。空気が震える。


 男は背中をとられているのに、誰もいない正面を見て、左こぶしを突き出す。

 後ろをとって、チャンスに見えるのに日向は攻撃をしない。

 男は右から振り返りながら、右手を日向に押し付ける。

 日向はその右手を両手で推す。

 男は推されて、日向に背中を見せる。

 日向の方が押し合いに勝っていると思ったのに、何故かよろめく。


 ドン!

 再度音がしたとき、背中を見せていた男が、日向の方を向いていた。まるで、前と後ろが入れ替わったかのように。


 男の左こぶしのが、日向の右頬に当たっていた。

 そして日向は、こぶしの反対側に頭を振られて、そのまま倒れた。


「日向!」俺は日向に駆け寄る。

 俺についていた男もついてくる。


 日向は背中から倒れるのを、体を右に捻って両手で地面を支え、とどまっていた。左腰は地面についていたが、右腰と上半身を浮かせて止まっている。

 顔はうつむいている。


 駆け寄った俺は、日向のそばに膝をついて、手を伸ばした。


「動かすな!」男が怒鳴る。

 俺は、日向にさわる直前で、手を止めた。俺は男をにらみつける。

 男は、困った顔を返してきた。


 他の男たちも周りに集まって来ていた。


「自分で動けるか?」男は日向に声をかける。

「大丈夫」日向は答えて、ゆっくりと体を起こし、足を曲げて女の子座りで地面に座った。


 男は日向の前に膝をついて、顔の前に手を出す。チョキをしていた。

「見えるか?」

「二本」日向が答える。

 男は手を下ろした。

「氷を」

 誰かが、保冷剤を日向に差し出す。

 日向は受け取って、左頬に当てた。そして、俺の反対側をむくと、唾をはいた。

「切ったか。歯は折れてないか?」

「ん」

 唾と一緒に、血を吐き出したのか。


 日向は俺を見て、「ごめん。カッコいいとこ見せたかったのに」とすまなさそうに言った。


 違う、そうじゃない。そんな事期待してないから。


 それから日向は男を見る。

 男も日向を見返す。

 しばらく見つめあっている。


 周りの男たちが静かになっていた。俺も何もしゃべれない。何? 雰囲気変わった?


「気がすんだか?」男が言う。

「ん」

「ちゃんと戻ってきて偉かったな」

「拓海がいたから」

 俺の名前、紹介されてないけど、たぶん通じてるよね。


 男は笑顔で日向の頭を優しくなでた。

 日向は嬉しそうに、目を閉じた。

 あれ? 今笑わなかったか?



 しばらく休んでから帰る事にした。

 休憩している間、日向に負担をかけないようにするためか、彼らはあまり日向には話しかけなかった。


 その代わり、彼らは俺に話しかけてきた。俺の事はほとんど話題にならずに、高校での日向の事や、俺と日向の関係についての話題ばかりだった。


 なんか、子供や妹を心配する、家族や親戚の人たちみたいだった。実際、遠い親戚くらいならこの中にもいるのだろう。


 俺は日向が困らない程度の範囲で、できる限り答えた。親戚の叔父さんたちを安心させるような気持ちで。


「日向は友達いるのか?」うん、心配するよね。いなさそうだから。

「どうやって日向につかまえられたの?」俺っておとなしく見えるの?

「日向はやってるとき、やっぱり声大きいのか?」うん、一人おかしいのが混ざってた。



 日向が動けるようになってから、家に帰る。

「今日は酒を飲むなよ」別れるときに言われた。

「未成年だから」日向が返す。

「熱い風呂はやめておけよ」

「ん」

はげしいセックスもやめとけよ」

「ダメなの?」日向は困ったように俺を見る。


 いや、そんな予定は初めから無いから。




「ただいまー」日向が大きな声で、帰ったことを告げる。

 鍵のかかってない玄関を開けた。田舎だね。


「帰りました」俺も挨拶する。

 日向母が出迎える。

「楽しかった?」

「うん。二人に勝った。三人目で負けちゃったけど」

「まあ、すごいのね日向は。母さん、初めてお祭りに行ったときは、3連敗してやっと四人目で勝てたのに」

「うん」日向はどや顔。


 うん待って。お母さん、三人に負けたけど、それでも戦いを挑んだんだよね?

 一回負けただけでリタイアした日向より、気が強くない?


「お風呂入りなさい。ぬるくしてあるけど、長湯してはダメよ」

 日向の顔を見たら、殴られたのはわかるけど。負けてくるのをみこして、お風呂を用意してたのか。


「お母さん、お母さん。拓海と一緒に入るから、バスタオル二つ用意して」

「脱衣場に置いてあるわよ」

 いや、物わかりのよすぎるお母さんは、気まずいのだけど。


「お客さん布団いらない?」

「うん、いらない。一緒に寝るから」

「今夜は、お布団で運動してはダメよ」

「えー」


 日向の内弁慶うちべんけいが過ぎる。誰だよお前。



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