第68話 奇祭

 夜の村を歩く。


 灯りが少なく、夜空が綺麗だ。俺はポカンとしながら星を見上げる。

 日向ひなたに手を引かれて、歩いていた。


「拓海、前見ないと危ないですよ?」

「うん」


 ここまでの満天の星空は久しぶりだ。いつぶりだろうか?


「キレイだ」

「ん」


 彼女は動きやすい服にハッピを着ている。俺も動きやすい服にしていた。ハッピは着ていないけど。


 うるさいくらいの虫の声。波の音も大きく聴こえる。


 暗くて見えないが、海が近くにある。

 そして聞こえる、喧騒。

 祭囃子は聞こえないが、人の声が聞こえる。

 怒鳴り声?


 彼女の母親の態度から、危ない事があるかもしれないとは、予想していた。

 大人しかいなくて、女の人も少ない。


 喧嘩神輿や、通過儀礼的な危険な度胸試しをする奇祭だと想像していた。


 まあ、概ね想像通りの奇祭だった。



 歩いていた先に人の怒鳴り声が聞こえた。

 道端でハッピを着た男二人がいた。


 一人が道端に座り込んで、もう一人が立ったまま拳を何度も叩き込んでいた。

 なんと言っているのか聞き取れない奇声をあげながら。


 ヤバくない? 荒くたい祭では、よく喧嘩が起きるけど、いきなりかよ。


 殴っていた方の男が、俺たちに気づいて、殴るのをやめてこちらを見る。

 男の手には血がついている。顔も殴られた後か、アザになっている。

 殴られていた男は、身を守るように縮こまっていた。


 暗い外灯に浮かぶ、男の目は狂気じみていた。

 こわいこわい。


 俺は立ち止まる。日向も立ち止まる。

 彼女は、こちらを向いた男を見ている。


 どうしよう?

 トラブルを避けるために、逃げた方が良いか?

 彼女の性格では逃げないかもしれない。


「おう、日向。帰ってたのか?」

 男は道端でバッタリと知り合いに会ったときのような、緩い反応を見せた。

 いやいや、さっきまでバイオレンスしてたよね?


 え? 日向の知り合いなの?


「で、誰?」男は俺を指差す。

「彼氏? んー、婚約者」

 婚約者は早くない?

 いやいや、何、普通に会話してんの?


「おーい!日向が男つれて帰ってきたぞー!」男は後ろを振り返って叫んだ。

 いやいや、何なの?


「あ、日向だ」殴られていた男が、鼻血をたらしなが、こっちを見ていた。

 あなたもそれどころじゃ無いよね? 血が出てるよ?

 今、殴られてたよね?


「彼氏もやんの?」殴っていた方の男が言う。

「ううん。観光」

「そ」俺に興味を失って日向をにらみつける。


 倒れていた方の男が立ち上がりこちらに近付く。日向は殴っていた方の男から目を離さない。


 近づいてきた男は、「観光の方は、危ないから離れててくださいね」と言って、俺の腕をとる。

「離れてて」日向が前を向いたまま言う。

 男が、俺を日向から引き離す。


 は? 何? 何なの?


 俺が離れると、日向と対峙していた男が、「日向ー!」と叫んで彼女に突っ込む。

 彼女は片手で男のパンチをそらしていた。


 いや、男が殴りかかるところは見えなかった。いつの間にか彼女がパンチを手でさばいていた、その結果だけが目に入った。


 男がのけぞる。

 急に彼女が沈んだように見えた。彼女は両手を地面につけて、片足を伸ばす。伸ばした足は一回転して、男の足を刈っていた。

 男が仰向けに倒れる。


 ドン!と音がした。

 彼女はしゃがんだ体勢で、片手を斜め下、男の顔を殴っていた。反対の手を、その反対の斜め上に伸ばしていた。


「あ、参った」男が言った。彼女の下ろされた手は、男の顔に当たる寸前で止められていた。

 実際に殴ってはいなかったようだ。


 彼女は中腰をといて立ち上がり、男に手を差し出す。

 男は彼女の手をとって立ち上がった。



「よう 、日向!高校行ってもサボってなかったようだな!」別の方向から声がした。


 祭の中心方向から、男が二人やって来ていたようだ。

 気づかなかった。


 一人はガタイのよい巨漢。かなり年上のようだ。

 もう一人は高校生ぐらいの若さ。

 二人ともハッピを着ている。


「日向の男ってどこ?」また男たちがやって来た。今度は三人。

 みんなハッピを着ているが、なんかボロボロじゃない? 血が出てる人もいる。


 大体わかった。

 この村の人は、みんな知り合いだ。

 田舎だね。


「なんか弱そうじゃないか?」

「ハッピ着てないよ」

「なんだ、殴れないのか」


 弱そうって、俺の事?

 あ、うん、皆さんに比べたら貧弱に見えるね。

 俺、身長も筋肉もある方だと思ってたんだけどな。


「次、俺な」最初に来ていた、高校生ぐらいの男が日向の前に立つ。

 さっき日向に倒されてた男は後ろに下がる。


「ずるいぞ。俺も日向とやりてー!」誰かが叫んだ。

 何か違う意味に聞こえるんだけど。

 失笑気味の笑い声があがる。

 わざとか。


 日向は無表情のまま、対峙した男を、ぼーっと見ている。両手をたらして、立っているだけ。

 対峙した男も両手を下げて立っている。こちらは少し右半身を前に出している。


 そして戦いが、……、始まらない。


 何してんの?


「まあ。二人とも『待ち』だからね」俺の横についていた男が言った。たぶん俺に言ったんだと思う。

 いや、解説ならもっとわかりやすく言ってよ。


「日向!格下に待ちなんかするんじゃねー!」最初に来ていた巨漢がヤジる。

 あ、格下なんだ。


「おー!!」日向が叫んで、右手で円を書きながら前に出る。

 声、でか。突然の叫びにビクッとした。


 ビクッとしたのは対峙していた男もおなじだった。そのため、日向の手のひらが顔面に入る。そのまま日向の連打。日向は拳ではなく、手を開いて手のひらで連打する。顔だけではなく、腹や脇にも散らす。

 男はずっと両手でガードしていた。


 日向が飛び上がって真っ直ぐ足を上げた。真っ直ぐな飛び蹴り。と思ったら、もう片方の足でも連続で蹴り。

 日向が空中で一回転して着地した。

 男はゆっくりと倒れる。

 日向が素早くしゃがんで腕を出す。倒れて頭を打たないように、男の頭を抱えていた。


 見ていた男たちが駆け寄る。

「ゆっくり下ろせ」

「氷あるか?」

「女に負けてやんのー」


 ちょっとダメージ大きかったのか? 素早い応急措置。あと最後のやつ、真面目にやれ。


 日向が立ち上がって俺を見る。

「ちゃんとついてるから心配するな」俺についていた男が、日向に言った。


「このまま寝かせとけ。場所変えるぞ。日向、離れろ」

 日向は、倒れている男から離れる。戦場の方をずらすらしい。


「これは何て祭ですか?」俺は、隣の男に尋ねる。

夏季例大祭かきれいたいさい

 普通の名称だった。


「どういう、いわれが?」

「さあ? 昔からあるからわからない」

「伝承が伝わってない奇祭ですか?」

「んーたぶん、祭のあとに酔っぱらいが喧嘩し出したのが、恒例になったんじゃないの?」

 ひどい成り立ちだった。


「みんな喧嘩祭けんかまつりって呼んでるね」

 そのまんまだね。



「みんなを相手にするの、私疲れちゃう」日向が言った。

 言葉だけ聞くと、なんか下品に聞こえないか? 俺の心が擦れてんの?


「康太さん、しよ?」


 最初に来ていた巨漢が前に出る。

 一番強そうなの指名しやがった。



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