第67話 話を聞いて!
「どうして、作り笑いで嘘をつくの?」
彼女はビクッとする。目が弱々しく泳ぐ。
「
日向が居酒屋のバイトのときは、笑顔で接客していると聞いたときだ。日向の笑顔を見るために、居酒屋に行っていいかと訊いたとき、彼女はそう答えたはずだ。
「危険な仕事に就こうとしている事はわかった。もしかしたら死ぬかもしれない。でも日向は死ぬことが前提みたいだよ」
彼女はうつ向く。そして泣き出した。
「ごめん。責めてるんじゃないよ」俺は手をつないでない方の手で、彼女を抱き寄せる。
彼女は俺の方に顔をうずめた。
俺は彼女の頭を優しくなでた。
「私は救助を中断したことに怒りました。生存確率が低くなったこと、天候が悪化しはじめたこと。それが理由です。当然の判断だと思います」
彼女はの言葉は、嗚咽混じりで聞き取りにくい。
俺はそれでも黙って聞くことしかできなかった。
「二重遭難の危険があるのに。死ねって言ってるようなものですよね。死ねって言った私は、誰かのために死ななければなりません」
そこで一旦言葉を止めた。
彼女は体を離し、俺をまっすぐに見る。
「私は誰かを助けるために、死ぬことを厭いません」
彼女は真っ直ぐすぎた。
これは狂気だよ。
俺は再度彼女を抱き寄せる。
「死ぬつもりだから、友達を作りたくなかったんだ」
彼女はうなづく。
「でも僕とは付き合ったんだよね。それはよかったんだ」
「私だっていろいろしたい事もあります。恋だってしたい。悪いとは思ってます。拓海ができるだけ悲しまないように、高校卒業するときには別れるつもりでした。別れるのが前提のお付き合いでした。ごめんなさい」
「付き合っている間だけでも、拓海に喜んでもらいたいと思いました。それはせめてもの贖罪でした」
「大好きです、拓海。愛してます。私は恋を知りました。幸せでした。ごめんなさい。別れましょう」
「別れないよ?」
「え?」
「一人で勝手に話終わらせないで」
「拓海。話を聞いてましたか?」
「うん。聞いてたよ。日向が危険な仕事を選ぶのも理解した。職業の選択は自由だ。女は結婚したら、仕事をやめて家庭に入れというつもりもない」
「私は卒業したらここにいません」
「今時単身赴任の家庭も珍しくないよね。奥さんが転勤族で、旦那が地元に残るのも珍しくない。たまには日向の赴任先に僕がでかけて、二人で観光もいいよね」
「はぁ?」彼女の目が点になっている。驚いて泣くのも忘れている。「話が通じません」
「日向に言われたくないな」俺は苦笑する。
「私は長く生きるつもりはありません」
「日向がそんな簡単にくたばるかよ」
「私は危険を避けませんよ?」
「万が一死んだら、泣きわめいてから、しれっと再婚してやるよ」
彼女は絶句する。
体を離し、彼女の目を見る。
「だから簡単に死ぬな。みんな助けて、一緒に帰ってこい」
「あ、はい」
「拓海はシリアスブレイカーです」彼女は電車のなかでむくれていた。そのわりには俺にずっと抱きついている。
「拓海、拓海。今のはプロポーズですよね?」
えー、そんなこと言ったか?
言ったな。
日向の実家に着いた。
「いらっしゃい」日向の母親に出迎えてもらった。
この村の住人はみんな美形だという噂は、今のところ真実だ。
祭壇に通してもらう。神式だと思っていたので、前もって父に神式の作法を聞いておいた。手土産の熨斗は神式でも仏式でも良いように「御霊前」にしておいた。
持参したお菓子を供え、父親に教えてもらった作法でお参りする。
「神式だと言いましたか?」
「一応、数珠も持ってきた」
「用意良すぎて、気持ち悪いです」
「日向がちゃんと先にいってくれたら、気持ち悪いことしないよ?」
日向の家は、田舎なのに普通の2階建ての家だった。いや、田舎は関係ないか。
日向の母が夕食の用意をしてくれた。
ローテーブルに座る。日向は俺のとなりに座る。
日向母が反対側に座る。
誰も手をつけない。二人が俺を見ている。
客である俺が手をつけないとはじまらないのか?
「いただきます」頭を下げた。
「「いただきます」」二人が俺にならう。
「お母さん、お母さん。今日拓海にプロポーズされました。婚約していいですか? いいですね? 嬉しいです」
返事くらい聞けよ。
「まあまあ、よっぽど嬉しいのね。はしゃいじゃって」
いいの? お母さん。
「拓海のお家にも挨拶いかないと行けませんね」
「そうだねー」まじか。
日向母の食事はゆっくりだったので、俺も少しゆっくりめに食事する。
二人が食事を終えるのを待って、
「ごちそうさまでした」と頭を下げた。
「「ごちそうさまでした」」二人が俺にならう。
「お母さん。お祭りに行きたいです」日向が母親に言った。
祭りがあると言っていたね。
日向母が俺を見る。少し心配そう。
なんだろう?
「ハッピありますか?」
「あるけど」日向母が心配そうに日向を見る。「あんまりはしゃぎ過ぎてはダメよ」と、言ってハッピを出してきた。
「これ、お父さんの」
「ん」
日向は部屋に入って、ジーンズとTシャツに着替えてきた。上にハッピを羽織る。
日向母は心配そう。
「お祭り初めてだけど、大丈夫?」
「大丈夫」
「女の子はあんまり出てこないわよ」
「お母さんも参加したことあるよね?」
「3回だけね。高校は卒業してたわよ」
「大丈夫だから。心配性だなー」
あんまり女性は参加しないらしい。子供もいないみたいだ。
これは田舎の奇祭ってやつかな?
「よそ者の僕が参加していいのですか?」
「参加じゃなくて、観光ね。ハッピは着ないから」と、日向母。
ハッピを着ないと観光扱いなのか。
あと、日向は家では内弁慶だった。
日向と二人で夜の祭に繰り出す。
思った以上に奇祭だった。
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