第65話 お父さんに挨拶を

 汽車に乗っている。

 電車ではない。ディーゼル機関車だ。

 いつも使う電車と違って、結構揺れる。


 新しいキレイな車両だが、各駅停車だ。かなり時間がかかる。ロングシートで3時間はきついね。


 日向ひなたと二人で、彼女の実家に帰省である。


 2時間ほど山の中を走って、トンネルを抜けると、目の前に海が広がっていた。


 おお。


 汽車は海に沿って進む。俺たちが座っているシート側に海が見える。

 俺は進行方向、左側に体を捻って、窓の外を見る。

 俺の右側で、俺の腕にしがみついていた日向が、腕を離した。

 彼女はずっと腕にしがみついていた。クーラーがきいていて、暑くはないんだけどね。


 腕を離してもらえたので、半分シートに乗る感じで外を見る。

 乗客は少ないので、別に迷惑じゃないだろう。


「子供みたいです」彼女はそう言って、背中におおいかぶさってきた。俺の左肩にあごをのせて、一緒に外を見る。


 山と海の間に町がある。

 海は、ずっと続いていた。



 駅に降りて、緩い坂道を歩いて下る。

 彼女の家の最寄り駅はまだ先らしいが、港を見に行こうと言った。

 観光案内してくれるのだろうか。


 こじんまりした町を、目の前に広がる海を見ながら下る。


 港に停泊している漁船は、思ったより小さな船ばかりだった。もっと大きな漁船がいると思っていた。


 その代わりひときわ大きな、漁船ではない船が停泊していた。


 真っ白な船体に青のライン。


 船首近くに大砲がついていた。


「大砲?」

「機関砲」彼女が訂正するが、うん、違いがわからない。

「自衛隊?」

「海上保安庁」

 うん、違いがわからない。



 堤防のところまで歩いてきた。

 背丈よりも高い防波堤だった。

 彼女は引いてきた車輪つきの旅行バックを、堤防の上に上げた。そして、堤防上部の縁をつかむ。


 おいおい、何しようとしてる?


 彼女は白のワンピース。清楚で可愛い。最近のお気に入り。俺の。

 ヘアピンで髪を止めて顔を出している。そして麦わら帽子。これは初めてかな。


 で、靴はスニーカー。田舎の子供みたいで可愛いです。


 彼女は腕を引いて、一気に堤防の上に飛び乗った。

 ワンピースで何をやっているのか。


「日向」俺はとがめる。まあ、いつも通り。


「今日の下着はどうでしたか?」

「可愛いパンツでしたよ」

 いつも通り頭が悪い会話だ。俺は投げやりに答える。

「むぅ」彼女は不満そう。

 何を誉めろと言うのか?


「荷物を」彼女は、堤防の縁にしゃがんで、手を伸ばしてくる。

 俺は自分の旅行バックを渡す。

 バックを置いてから、もう一度俺に手を差し出してきた。彼女の手をとる。


 俺は一気に堤防の上まで引き上げられた。

 もう驚かないよ。


 二人ならんで海を見る。

 彼女と手をつないだまま。

 夏の日差しに、青い海が光っている。


 波の音が大きい。


「お父さんに挨拶を?」

「ん」


 俺は海に向き合う。彼女も海を見ている。


「初めまして、那智拓海です。日向さんと同じクラスです」目の前に人がいるかのように喋りかける。

「日向さんとお付き合いさせてもらってます」そう言って、海に向かってお辞儀をした。

「ん」彼女はつないでいる手を強く握ってきた。握り返す。


「何それ?」

 彼女は俺に顔を向ける。

「芝居がかってたかな?」


「どうしてわかったの?」


「お盆にお父さんに会って、て言われたから」

 どうして父親が海で亡くなったことを知っているのかと訊いてきたのだろう。彼女は今まで、父親の話をしていない。


 母親はいるって言ってたから、亡くなったのは父親の方ということになる。母親はいる、と言ったので、逆に父親はいないと言外に言っているようなものだ。そう説明した。


「どうして海だとわかったの?」

「海で泳げるけど泳ぎたくないとか、水遊びはしたくないとか言ってたから」

 そもそもは、

「最初に話したとき、僕の名前に『海』がついているのを気にしてたから。海に何かあるのかと思っていたよ」

 だから父親が海難事故で亡くなったと推察した。彼女の住んでいるところは漁師町らしいので、漁に出ての事故だろうか。

 彼女は何か考えていたが、途中でやめた。覚えてないようだ。


「いつ死んだのかわかってましたか?」

「今年が初盆だから、この1年で、高校入学までの間」

「去年の11月です。なぜ初盆とわかったのですか?」


 これは確定ではないけど、

「日向が笑わないのは喪中だからかな、と」


 彼女は黙っていた。目線を俺からそらして、少し下を向く。


 喪中だからって、半年も笑わないなんて無いよね。家族が亡くなったって、生活は続く。人は忘れる。

 彼女は情が強すぎるのか。


「拓海、察し良すぎ。見透かされているようで、気持ち悪いです」

「えー。日向が何も話さないからでしょ」察してあげないと、会話が続かないからね。

「分かりにくい彼女さんと付き合うと苦労するよ。おかげでいつも日向の事ばかり考えさせられてる」

 日向がこっちを見る。

「これはもう恋だね」おどけて言う。

「私はずっと前から恋に落ちてますよ?」優しい表情。

 微笑んでいるっていってもいい。


「もう、笑ってもいいよ」


 彼女は少し考えてから俺を見て、「笑い方、忘れました」と、困った顔をする。

「拓海が笑わせてください」

「ああ」俺は彼女を見つめ、笑いかける。


 彼女は無表情のまま、俺を見つめ返してきた。


 手強いな。

 ぜんぜんチョロくないよ。



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