第63話 対戦ありがとうございました

 ゲームセンターに来ている。

 田上くんに誘われたので、当然断らない。


 実際には公演間近の俺はとても忙しい。

 ゲームセンターの開店10時に合わせて入店したが、昼前には練習に行かないといけない。


 花火の夜、風呂からあがってスマホを見たら、田上くんからオニのように連絡が入っていた。あと、どうでもいいけど榎本さんからも。


 日向ひなたに時間を取るために、「後で」とだけ返事して放置。

 なお、あの後日向が調子に乗ってきたが適当にあしらって、何もせずに寝た。疲れてたからね。


 そんなわけで、代わりに今日、田上くんとデートです。


「ひなちゃんに頼って悪かった」花火の日の事を田上くんは謝った。

「別に。田上くんは、田上くんの友達を頼っただけだろ。僕に謝る必要はないよ」

「那智の彼女を危ない目に遭わせた」

「んー。日向は僕の所有物じゃない。日向が友達を助けたいって思ったのなら、それは自己責任だよ」


 でも、

「強いて言うなら。田上くんが僕だけを頼ってれなかった事には不満かな」

「悪い」

「いいよ。どうせ役に立たなかったから」俺は自嘲ぎみに苦笑した。

「いや、俺も役に立ってない」田上くんも苦笑する。

「ひなちゃんはすごいね」そう言って、田上くんは日向の方を見る。


 ちなみに、日向も来ている。今は格闘ゲーム中。対戦台の反対側に人だかりができている。


「俺の事嫌いだろうに、迷わず助けられる」

「ん? 日向は田上くんを友達だと思ってるんじゃないか?」

「そうか?」

「そう言ってた」

「ふーん」手を口元に持っていって、少し考える。

 あ、信じてないね、これ。


「ひなちゃんは、俺がひなちゃんの事嫌ってるて、わかってると思うんだけどな?」

 あはは、はっきり言うね。苦笑いしかでないよ。


「でも今回の事は感謝している。俺の頼みを聞いてくれて。おかげで可奈ちゃんを助けられた」

「あー、なら日向の事嫌わないであげて」

「ひなちゃんが那智と付き合ってる限りムリ。ひなちゃんは那智にふさわしくないぞ?」


 マジでお父さん思想かよ。

「榎本さんが田上くんにふさわしくない。と思ってる僕の想いを無視して、どの口が言うの?」

「ああ、そうだな。よけいなお世話だな。悪い」

「うん。僕の事を心配してくれていることには、感謝しているよ」


 田上くんは苦笑した。「どんな会話だよ」

 さあ?


 日向は格闘ゲームに苦戦している。まともにコマンドが入れられないようだ。

 でも、最初に百円入れてから、ずっと終わらずに続けている。対戦に全勝しているから。このゲームは負けない限り、ゲームオーバーにならない。

 彼女の反対側の対戦台で、大学生らしい男性四人が回していた。わざと負けて練習台になっている。


 初心者に優しい、良い界隈だね。

 いや、今日の彼女は髪をあげてる。お前ら美少女と対戦したいだけだろ。

 彼らは、彼女がコマンド入力に失敗して「むぅ」とか唸ってるのを、台越しにニャニャして見ていた。

 彼女は対戦台のルールをよくわかってないのだろう。反対側の男たちと対戦していることにすら気付いていないかも?

 モヤモヤするね。


「そろそろ練習に行くね」駅に向かう時間だ。

「おう。お疲れ」

「日向は適当に終わらせて、帰らせてくれる?」彼女が楽しそうなのでおいていく事にする。どのみち、ここから彼女とは別行動だから。

「ひなちゃんが疲れたらね」


 終わるのか?それ。



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