第62話 場を和ませる?

 日向ひなたの手を引いて、夜道を歩く。


 花火帰りの人たちのと、駅に向かって歩いていた。


 俺の涙は止まっていた。何で泣いてしまったのかよくわからない。

 彼女はうつ向いたまま、俺に手を引かれてついてくる。泣いているのか、いないのか、よくわからない。


 彼女の部屋に着くと、俺の持っている合鍵で開けて、部屋に入る。

 彼女を置いて、風呂にお湯をはる。


 風呂場から出ると、まだ彼女は玄関前に突っ立っていた。


 蒸し暑い夜。今夜は走ったりして、汗をかいた。気持ち悪い。

 部屋のクーラーをつけるが、すぐには涼しくならない。


 先にシャワーでも浴びよう。


 彼女の手を引いて、脱衣所に連れていく。

「脱いで」俺が彼女の服を脱がさせることになるとはね。


 彼女は上のシャツを脱ぐ。そこで止まった。シャツを片手に持ったまま、手をだらんと下に垂らす。

 彼女はうつ向いたまま。


 俺は彼女の手から服をとり、洗濯機に入れる。

「日向、お風呂入ろう」

 彼女は無気力に服を脱いだ。

 俺も、汗に濡れた服を脱ぐ。


 彼女の手をとり浴室に入るが、湯船のお湯はまだ少ない。

 先にシャワーを手に取る。お湯の温度を確認し、彼女の頭からお湯をかける。彼女はうつ向いたまま、動かない。

 俺もシャワーを浴びて、それから湯船に入る。

 お湯はまだ少ないが、そのうちいっぱいになるだろう。


「入れば?」

 彼女に声をかけると、

 彼女は、えっ? て顔でこっちを向いた。

 それから俺の反対側、湯船の端の方におづおづと入る。

 湯船の端に、遠慮がちに。俺から目をそらしてうつ向いている。

「こっちにおいで」俺は手を広げて、彼女を誘う。

 彼女はやはり、え? て顔をする。

 それでも彼女は遠慮がちに、俺のところに来る。

 背中を預けるように、俺の膝の上に座った。

 俺は両手を彼女のお腹に回して抱き寄せた。


 しばらく無言。


「ありがとう」俺は沈黙を終わらせる。

「?」彼女は少し振り返る。完全には振り返らずに、途中で止まる。

「えっと、僕の友達の、田上くんの為に走ってくれてありがとう」

「ん」

 彼女は少し考える。


としは私の友達?」自信なさげに答える。


 俺の友達のためではなく、自分の友達のためにした事だと言いたいらしい。

 彼女と田上くんは友達との認識らしい。何故、疑問系なのか?


「怒鳴ってごめん」

「ん」

 また、彼女は少し考える。


「私も怒鳴ってごめんなさい」小さな声で言う。

「日向は僕の事が心配で怒鳴っちゃたんだよね?」

「ん」

「日向が僕の事を心配なように、僕だって日向が心配なんだよ?」

「ん。……ごめんなさい」

「日向が僕の事を足手まといって言ったのも、ま、ホントの事だから仕方ないね」自嘲ぎみになる。

 彼女は何か言おうとしたが、口を閉じる。嘘はつけないって事か。


「僕はケンカするつもりはなかったから。話し合いでムリなら警察呼ぶだけだし」

 日向はケンカしたかっただけだろ、とも思っていた。


「危ないことしないで欲しいな」俺はできる限り優しく言った。


 彼女は、

「助けられる人は全員助ける。リスクはどうでもいい」

 と、はっきりと言った。


 そして、何か気づいたように、俺を振り返る。

 不安げな表情。

 俺の反応を怖がっている?

 また怒られると思っているのか?

 いや、今の言葉は、確かな意思があった。


 彼女の言葉を否定することは、何か取り返しのつかない結果を予感させた。

「そう」俺は曖昧に笑い返す。逃げたんだね。


 彼女は、ほっとした顔をする。前を向くと、力を抜いて、背中を俺に預けてくる。

 彼女の腰に回していた俺の右手をつかんで、自分の左の胸の膨らみに押し付けてきた。右手の手のひらで胸をつかませ、自分の両手を添える。


 彼女なりに、緊張を和ませようとしたのだろう。頭の悪いやり方だけど。


 直に彼女の胸を触るのは初めてだね。いや、触らされているか。


 おれは空いている左手で、彼女の前で交差させて、空いている彼女の右胸を包んだ。


 彼女は少し驚いたようだったけど、俺の左手を押さえていた手をどけた。


「私も触っていいですか? 拓海のおちんちん」


 場を和ませようして、頭の悪いことを言った。

 和ませようと思ったんだよね?



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