第61話 (日向視点)初めての口げんか

 花火が終わっても私たちは、会場にとどまっていた。

 ひろと素子、あと誰だったか知らない男の子といた。多分、林間学校のときの班員だったと思う。拓海がそう言ってたから。

 拓海はとしと楽しそうに話をしているので帰れない。


 俊のスマホが鳴った。


 俊が走りだし、拓海が続く。俊が私を呼んだので、私も続く。

 トラブルが起きて、誰かが助けを必要としている。

 私が必要とされている。


 俊の話だと誰かが絡まれているらしい。場所を聞いて、三人から抜け出す。

「拓海たちは来ないで!」私は叫んだ。

 拓海にケガをさせたくない。危険なめにすらあわせたくない。


 その場所に六人いた。

 助けを必要としてるのは三人。

 敵も三人。


 女の子の一人が座り込んで泣いている。自力での脱出はムリ。

 男三人を倒すか追い払うことにする。


 近づいてみると、座り込んで泣いているのは、可奈だった。


 同性の私に色目を使う、困った子だ。

 気持ち悪いと思っていたけど、いつの間にか拓海や、その友達の俊と仲良くなっていた。

 拓海は友達が悪く言われるのを嫌うので、できるだけ愛想よくする事にしていた。

 俊が可奈を好きらしいので、二人が仲良くなれるように、三人で遊びにいったりもしている。

 拓海が俊のために、私をエサに可奈を釣ったりするのでまねしてみた。拓海は誉めてくれるかな?


 もちろん拓海の用事があるときしかしない。拓海と一緒にいる時間を削ってまでする事ではない。


 まあ、今はどうでもいい。

 嫌いな子だからといって、助けないという選択肢はありえない。


 女の子たちの前に立った私に、リーダーらしき男が何か言ってくる。

 話し合いで解決でき無さそうな相手だったので、男の言葉は意識から外し、戦いに集中する。


 男は私をにらんでいる。

 私はにらみ返したりせず、なんとなしに全体を見る。敵も守る相手も複数いるから、一点に集中してはいけない。

 いつでも動けるように、構えをとらずに自然体で立つ。


 男が右手で私の左手首をつかみ引き寄せる。


 ド素人だった。

 つかんだ瞬間に投げるなり関節を決めるなりしないと、つかんだ方の動きが制限されるだけで不利にしかならない。


 相手の引っ張る力を利用して突っ込む。相手の力が強ければ良かったのだか、相手の力が弱かったので、一歩踏み込んで加速する。


 つかまれた左手首はつかんだままにしてほしかったので、右手で相手の手を上から押さえる。引っ張られる力に逆らうと勢いが死ぬから、手首の位置はそのまま、引っ張られるままに左肘を出す。

 狙い通りに、相手のアゴに肘が入った。

 相手はのけぞり、動きが止まる。


 相手の右手は私の左手首をつかんだままだ。離されないように押さえてもいる。

 高さは胸の前。

 私はお辞儀をするように腰を折る。直線的に動くと抵抗されるので、できるだけ円を描くように相手のつかんでいる腕を動かした。

 テコの原理で、腰を支点、頭を力点、その間にある相手の手首に作用させる。

 力の強い男相手でも、手首の関節を決めることができる。いや、この相手は私より非力だったけど。

 関節を決められて、逆らえる人はいない。

 男は痛みから逃れるためのけぞり、私のお辞儀に巻き込まれて後ろ向きに地面に倒れた。

 受け身がとれない体勢のまま。

 後頭部と、背中を強打する。後頭部を打った時点で戦いを継続できなくなったと思ったので、つかまれていた手首を離させることにする。


 体を閉じる。わずかに縮こまる感じ。息を吸う。

 左足で地面を蹴る。一瞬遅れで息を勢いよく吐き、体を開く。


 ドン!

 地面を蹴る音と、吐き出す息で空気が震える。


 つかんでいた相手の手と直線に、肘を引く。相手が倒れているので、左肘を真上に突き出す形になる。角度がつくと、反射的に抵抗されるから、角度をつけないようにした。

 つかまれた手を引くのではなく、空中に肘打ちをするイメージ。意識していると、やはり抵抗されるから。

 右手は左肘と反対、真下に打ちつける。単に空中を突いただけに見えるが、左肘に力を加えるために必要なこと。

 右足も、肘と反対方向に打ちつける。

 かかとで地面寸前を蹴るのだが、行き掛けの駄賃に男の顔を蹴っておいた。

 顔を踏みつけることで相手の位置を固定し、手を伸ばされて離しそこなう事がないようにするためでもある。


 いくらなんでも、もう動けないだろう。この男から離れて、後の二人に備える。


 蹴った右足を引く勢いで、体を回転させながら左足を越えて体の後ろに置く。踏み込んだ左足を体に寄せるように方向を変えて前に向ける。

 斜め後ろに戻る歩方だ。真っ直ぐに下がると、追撃される恐れがあるので、正面対峙を避けるために行う。

 誰も追撃してこなかったので、意味はなかったけど。


 左足を少し残して引いたため、体が左前の自然体になる。


 再びなんとなしに全体を見る。

 倒れた男は動かない。

 あとの男二人も唖然として動けない。

 後ろの女の子三人は自力で逃げてくれる気配がない。

 このまま、戦いを続行させようか。


「おい!」拓海の声が聞こえた。


 男二人が拓海の方を向く。

 もちろん、私は敵から目を離すようなバカな事はしない。


 何で来るの?


 完全に場を支配していたのに。

 不測の事態が起きる可能性がある、乱戦にはしたくないのに。


 拓海を守らなきゃ。


「いくぞ!」拓海たちが引く。

 男二人はまだ呆然と突っ立っていて、追いかける気配がない。


 みんなが逃げたのを確認してから、拓海たちを追いかけた。



 逃げれた。

 みんながゼイゼイと荒い呼吸をしているのを呆然と見ていた。

 何でこうなったの?


日向ひなた!勝手に先いくな!」拓海が怒鳴る。

 体がビクッとなるのがわかる。


「来ないでって、言いました!」私も怒鳴っていた。拓海に怒鳴ったことなんかないのに。こんなことしたくないのに。私は恐怖にとりつかれて怒鳴り返していた。


「何かあったらどうすんだよ!」拓海がまだ怒鳴ってくる。怖い。そんなに怒んないで。嫌われるのは嫌だ。怖いよ。


「足手まといが多い方が危ないです!何人も守りながら戦う私のみにもなって!」私は恐怖のあまり、叫んでいた。

 違う。こんな事を言いたいんじゃない。


 乱戦になった場合、私の力不足で拓海にケガをさせてしまう可能性があった。その事を思うと震えが止まらない。


「お前!」拓海はそこで言葉が出てこなくなった。彼の目から涙があふれ出す。


 足手まといって言ってしまった。どうしよう。

 心配してくれて、すごく嬉しいのに。


「いや、違う……」言葉に力が入らない。


「私だって、拓海に何かあったら……」拓海が私を心配してくれるように、私だって拓海が大切なのに。どうしてわかってくれないの?


 合理的に考えて、戦えない拓海や俊の加勢より、私一人の方が安全で確実だった。


 そんな事を言ったら嫌われそうで言えなくなってしまう。


 拓海に嫌われたくない。


 誰かが何か言っていたが、どうでもいいことだった。



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