第60話 初めての口げんか
花火も終わり、たくさんの人が一斉に移動し出す。
帰りの電車もすごいことになりそうだね。
僕たちは、地元だからいいけど。
「三鬼さんところの地元も、大きい花火大会あるよね」
「水上爆破」
花火が終わってからも、すぐに帰らず、ダベっていた。
俺は主に田上くんとどうと言うことのない会話を楽しんでいた。
田上くんのスマホが鳴った。
田上くんは電話に出ると、急に真顔になる。
何かあったか?
「どこ?」田上くんの声が緊張している。
みんなが彼に注目する。
「わかった」田上くんは電話を繋いだまま、
「那智、ひなちゃん。ついてきて。寛二は二人を頼む」そう言って駆け出す。
徳山くんに二人の女の子を任せ、俺も走り出す。日向もなにも聞かずについてきた。
「可奈ちゃんから」走りながら田上くんは言った。
榎本可奈。フラグ回収かよ。
榎本さんのグループは、花火が終わって解散した。
そのなかの女の子の誰かが、ガラの悪い男たちに絡まれたらしい。
そして、榎本さんは間に入って時間稼ぎするから、助けに来てほしい。
そういう事らしい。榎本さん、男前だね。ムダに。
さすが田上くん、頼りにされてるね。
そして田上くんは、俺と日向に協力を求めたと。俺はもちろん田上くんの頼みを断ることはないが、なぜ日向まで?
いや、戦力的には当然か。
田上くんが場所を言ったとたん、日向は「拓海たちは来ないで!」と叫んで加速した。
あっという間に、差を広げる。
くそ!
俺は必死に速度をあげようとするが、彼女に追いつく気配はない。
たどり着くと、女の子たちを背に、日向が三人の男と対峙していた。
クラスの女の子二人が立って、不安そうに寄り添っている。
その前に、助けに入ったはずの榎本さんが座り込んでいた。泣きながら、日向の背中を見上げている。
対する男たちは、三人ともガラが悪そう。いやどうみても悪人。
真ん中に入った日向は、ぼーっとつっ立っている。無表情のまま、手を自然に下ろしていた。
男の一人が前に出て、日向に何か言っている。こいつがリーダーか?
女の子二人をお持ち帰りしようとしてたら、美少女がやって来て、さらに天使のような美少女までやって来た。あの男三人はラッキーとでも思っただろうか。
男は日向の手をつかんで引き寄せた。あっさりと日向は引き寄せられる。
男の動きが止まる。
日向は謝るように深々と頭を下げた。
何故か男は地べたに仰向けに転がった。
ドン!
と、空気が震える音がする。
日向はつかまれた手をほどいて、倒れた男の顔を踏みつけていた。
彼女は流れるように、くるっと方向転換しながら、男たちと距離をとった。
今度は左手左足をすこし前にして、やはり無表情のまま、ぼーっと立っている。
「おい!」俺は大声を上げる。
日向と倒れている男の、二人以外がこっちを見る
倒れている男は気絶してるのか?
日向はこちらを向かないが、俺に気づいているのを感じる。
「行こう!」こんなところに長居はできない。面倒なことはごめんだ。
榎本さんを引っ張り上げる。
田上くんも、女の子二人を引っ張ってもとの方向に走り出す。俺も榎本さんを引っ張って走り出す。
後ろを振り返る。
男たちは追ってこない。
日向が後を追ってきた。
人通りの多いところまで戻ってきた。
日向以外は、おもいっきり走って呼吸が荒い。
特に俺と田上くんはかなり走ったからね。
日向も呼吸が早くなっていたが、特に疲れてはなさそうだった。
「日向!」俺は彼女を、怒鳴りつける。「勝手に先いくな!」声が震える。怖くて、怒鳴りつける事しかできない。
「来ないでって、言いました!」日向も怒って言い返してくる。
彼女が俺に怒るのは初めてだったが、このときは気づいていなかった。
「何かあったらどうすんだよ!」日向に何かあったら、という恐怖でパニックになっていた。
「足手まといが多い方が危ないです!何人も守りながら戦う私のみにもなって!」
「お前!」そこまでしか言葉はでなかった。何か言おうとしたが、怒りで頭が真っ白になった。
足手まといかよ。
代わりに涙が出てきた。
「いや、違う……」彼女の声が急に小さくなった。俺が涙を流したことに動揺したのか。
「私だって、拓海に何かあったら……」彼女の声は小さすぎて、よく聞き取れなかった。
彼女はうつ向いたまま、それ以上何も言わなかった。
二人の剣幕に、他のみんなは声を出せずにいた。
俺の嗚咽だけが聞こえるように。
花火帰りの人たちが、遠巻きに通りすぎていく。
田上くんが、沈黙を終わらせた。
「人通りの少ない道を使っちゃダメだよ」優しく女の子たちを諭す。「送ってくから、帰ろうか」
「ひなちゃん、ありがとう」泣き止んだ榎本さんが、遠慮勝ちに、日向に声をかける。
日向はうつ向いたまま。
榎本さんは俺を見たが、涙を止められない俺に声をかけられなかった。
「那智、ひなちゃん。俺、この三人を送ってくから」田上くんはそう言って、三人を連れて帰って行った。
二人の女の子も何か言っていたが、どうでもいいか。
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