第59話 反榎本さん同盟

 三鬼日向ひなたと高松明里が会った次の日の夜。


「どこが正妻の余裕だったの?」

 風呂上がりに、くつろいでいるときに、俺は日向に言った。


 いま、俺は彼女に膝枕してもらっている。彼女が俺を、自分の膝の上に引き倒したからだ。


「頑張りました」どや顔でそう言った。

 全然できてなかったけどね。

 俺は彼女を見上げる。


 彼女は俺の表情を見て、顔色を変えた。おびえた表情で、「ごめんなさい」と、呟く。


「力ずくで、物事を解決するのはやめたって言ったよね」

「やめましたよ。自分のためには暴力は使わないです」

 あ、限定なんだ。


「何で彼女を脅したの?」

「そんなつもりはなかったの。思ったより余裕なかった」


 そうかもしれないけど。明里を泣かせた。


 彼女は泣きそうな顔をして、「ごめんなさい」と、もう一度言った。


 俺は自分を落ち着けるために、ゆっくりと呼吸をした。

「僕は日向以外と付き合うつもりはないよ。絶対に浮気なんかしないから安心して」俺は優しく言う。

「ん」

「だから、彼女が誰を好きでも許してあげて」

「はい」


 明里を泣かせたことは、1ミリも許すつもりはないけどね。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「むぎゅう」高松明里は変な声を出した。

 うん、出るね。


 体が浮き上がるほどの満員電車だった。

 俺は彼女を守ろうと、抱き抱えるが、何ともならない。

 田舎の路線なのに、見たこともないような、乗車率だった。

 これでも大量の臨時列車が増発されている。


 市民劇団の練習が終わって、いつものように彼女を家まで送っていくところだった。


 今日は俺たちの高校がある市では、花火大会がある。この辺りでは、歴史が長く、規模も大きい。


 ほとんどか花火目当ての観光客だ。

「ついてないな」観光客ではない俺は言った。


「ついてる」彼女は俺に抱きつきながらそう言った。

 彼女が良いなら、俺に不満はない。

「彼女さんと花火見に行くの?」

「友達も一緒に」


 彼女は返事をしなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 今日の日向は動きやすい服。虫とかを考慮してスラックスに長袖のシャツ。シャツは何かわからないプリントがしてある。ふざけてるのか?


 スニーカーに帽子。他の人にも会うけど、今日は顔を出している。



 待ち合わせ場所に田上くんが来ていた。

「久しぶり」

「うん。久しぶりだね」俺は返事を返す。ちょっと浮かれてるか?

 久々に田上くんに誘ってもらえたし、ついでに日向も誘ってくれるとは、いい人だね。


「私たちもいるから」

 同じクラスの佐々木ひろさん。あと浜口素子さんもいた。

「俺もいるから」同じクラスの徳山寛二くん。

 林間学校の班員が全員揃ってるね。


「反榎本さん同盟の総会だね。いいの、田上くん。こっちについて」俺は笑いながら言う。

「なんだよそれ」田上くんが抗議する。

としは、可奈の取り巻き」珍しく日向が積極的に冗談を言う。

 いつの間にか、田上くんと仲良くなったんだね。

 あれ? 俺に冗談とか言ったことあったっけ?

 いや、いつも冗談みたいな、頭の悪いことしか言わないけれど。


「別に榎本さんと、仲悪くないから」佐々木さんも訂正を入れる。

 隣で浜口さんも、ウンウンとうなづく。


「徳山くんも良かった?」俺は彼にも話をふる。


「俺は俊に誘われたから、あっちは断った」


 榎本さんも、友達と来ているらしい。


「それに」徳山くんは日向を見ながら言う。日向が顔出しているの、見るの初めてだったか?

「榎本さんが、一番って訳でもないだろ?」


 日向は何を言われているのか、気づかないような態度でスルー。

 まあ、わかってるね。


「三鬼さんは那智くんと付き合ってるんだから、手を出しちゃダメよ」と、佐々木さん。

「わかってるって」徳山くんは軽く答える。「俺は明里ちゃん推しだから。予定ね」


 林間学校で高松明里と会ったときの事を覚えているらしい。

「推し?」浜口さんが、意味がわからないと言った感じで疑問を口にした。

 佐々木さんが、浜口さんに説明する。林間学校で会っているのを思い出したようだ。

「あれから、会ったの?」と浜口さんは続ける。

「いや、推しは、公演以外では会わないものだろ?」

 どうやら恋愛対象ではないらしい。


「那智、もうすぐ公演だよな」田上くんがふってくる。覚えていてくれたんだね。嬉しいよ。

「そうなのか? 見に行くよ」徳山くんの食い付きがいい。

 佐々木さんたちも興味あるらしくて、みんなで見に来てくれるらしい。

 頼みもしないうちから、チケットノルマがはけていく。いい人達だ。


 その間、日向は無言で聞いていた。興味なさげで、ずっと俺を見ていた。


「ひなちゃんも行くよね?」田上くんが声をかける。

 日向は、え? って、顔をする。

「彼氏の晴れ舞台だから、観に行かないとダメだよ」けっこう強く言う。

「あ、はい」日向が押しきられた。


 田上くんは榎本さんと一緒に、日向と遊んでいる。

 多分、日向が田上くんと榎本さんをくっつけようとする無意味でバレバレな可愛い策に、付き合ってあげてるのだろう。

 榎本さんも、わかってて、策に乗っかっているのだろうな。自分が日向と遊びたいから。


 田上くん、日向にけっこうキツいときあるよな。ホントは嫌ってるのかな?

 俺が悪い女に引っかけられたと思ってるのかも。


 お父さんかな?



 すごい人混みのなか、花火を見る。


 こんだけ人が多ければ、榎本さんと偶然会ったりしないよな。


 と、フラグを立てる練習。



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