第18話 日向コレクション

「ね、三鬼さん。私も名前で呼んでいい?」榎本さんは日向ひなたにグイグイ行く。俺が彼女の事を「日向」と呼ぶのがうらやましいようだ。

 日向は困惑の表情。


 俺たち4人のダブルデートミッションは第一段階のファミレスで食事の途中だ。食事が終わり、お茶とおしゃべりの時間になっている。

 俺は主に田上くんと、楽しく会話をしていた。田上くんとしては榎本さんと会話したいのだろうが、当の榎本さんは日向に夢中なので仕方ない。

 まあ、日向の塩対応は相変わらずだったが。折れないね、榎本さん。

 俺も日向との会話が普段から弾むわけでもないので、放置して田上くんとの会話を楽しんでいたと言うわけだ。

 彼女は会話が途切れても全く気にしない性格だし、自分から話しかけるときは大抵頭の悪い事言うからね。


「ひなっち、とか、ひなひな、とか可愛くない?」榎本さんのあだ名をつけるセンスは独創性がないと思います。

 日向はおびえたように、首を横にフリフリした。


 可愛い。


 いや、俺の彼女さんをおびえさせないで。


「じゃあ、日向、日向ちゃん、ひなちゃん、は?」

「日向はダメ」これは珍しくはっきりと拒否した。珍しい。「拓海が、日向と呼ぶから」


 うわ。こわ。

 榎本さんも、会話に入ってなかった田上くんも引いてる。


「じゃ、ひなちゃんで良い?」

 強いな榎本さん。

「私の事は可奈ちゃんと呼んでね」満面の笑顔。

 日向はちょっとおびえてる。「可奈ちゃん……?」日向は名前を知らなかったようです。だろうね。俺は知ってたけど。


 あと、日向は「ひなちゃん」呼びを許可してないよ。


「ひなひな、かなかな、の方がいい?」

 日向はふたたびおびえたように、首をフリフリした。

「ひなちゃん、可奈ちゃんの方が呼びやすい?」

 日向は思わず首を縦にふった。


 あ、許可したわ。


「OK、可奈ちゃん。僕の事は那智くんでいいよ」俺はすかさずねじ込む。俺の呼び方は今まで通りなんだけどね。

「ね、田上くん」俺は田上くんを促す。

「ん?ああ」田上くんは察したようだ。「可奈ちゃんにひなちゃんだね。俺の事はとしでよろしく」

 田上俊だったね。俺は田上くんのままでいいよね。


「うん。ひなちゃん、とし、よろしくね」榎本さんは素敵な笑顔でそう言った。ひなちゃん呼びできるのが嬉しいらしい。「那智くんでは変わらないよ?」

「そうだね。榎本さん」俺も笑顔を返した。


 田上くんは俺に目で礼を言ってきた。

 かまわないよ、田上くん。でも、榎本さんはおすすめできない。そろそろ気づこうよ。


「ひなちゃん、服買いに行こ。ひなちゃん可愛いから、もっと可愛くなろう」榎本さんは次の予定を買い物にしたいようです。

 今日の日向の服装は何とかしたいと思うよね。

 でも、この服、榎本さん対策だから。


 いつもは天使だから。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「ひなちゃんはどんな服が好き?欲しいアイテムある?」

 ショッピングセンターの専門店に来ていた。

「それは拓海に聞いて」日向は当たり前のようにそう言った。

 榎本さんと田上くんは微妙な顔をした。呆れてるよね。

 俺もだよ。


 ここから、榎本さんプロデュースによる日向のファッションショーが始まった。

 悶え殺す気か。

 あと、お店に迷惑かけないでね。


「拓海はロリータが好き。ゴシックも」

「ロリータにゴシックロリータ!」榎本さんが楽しそう。

 ゴシックとは言ったが、ゴスロリとは言ってないよ。ちゃんと聞いて。

 日向と榎本さんは会話が成立してるのか、してないのか?

「那智くんは、ヒラヒラが好き?」

「いや、ゴテゴテかな。ボタンや襟が凝ってるの」

「OK、ひなちゃんあっち行ってみよー」榎本さんが日向をつれ回す。


「ああ、舞台映えする衣装が好きなんだな」田上くんが俺に言った。

 俺が演劇をしてることを踏まえた発言だ。我が友はよくわかってる。


 榎本さんが試着室の前で、ワクワク顔で待ってる。今度はどんな天使が降臨するのだろう?


「ひなちゃん、着替えた?」

「ん」扉の向こうから返事がある。

「開けるよー」

 榎本さんが扉を開けると、コテコテなバルキリーがいた。

 うん、天使なんだけどね。やり過ぎじゃね?

「ひなちゃん、カッコいい!」榎本さんは大喜び。

 田上くんは、俺と同じような表情。


 日向は満更でもない表情。彼女のセンスはやはり悪趣味かも?


 日向は俺の視線の意味に気づいたようだ。

「ボレロ」

「え?」

「拓海はボレロが好き」

「あー」榎本さんは俺を見る。生暖かい視線だ。


「つまり那智くんは制服みたいなのが好きだと」榎本さんはそう解釈したらしい。

 間違いではない。

 でも、何でセーラー襟?

 榎本さんはどこからか、セーラー襟で、前開きの丈が短い春物ジャケットを調達してきた。スカートは同じブラウン系。


 試着室の中の日向は、今度はちゃんとした天使だった。

「スカート短くない?」日向は長めのスカートが好みではないかな?

「足綺麗だから見せないと」と榎本さんは言う。

 彼女の脚はスラッと引き締まっている。中身はしなやかな筋肉だからね。


 日向は俺に問いかけるように見ている。

「可愛い」

 いや、これは可愛い。

 彼女は満足したようだ。

「買う」彼女はそう決めた。


 そのあと榎本さんは髪飾りを選んでいた。

 日向の顔を隠す前髪を上げたいのだ。前髪の下が美人だと知っているからね。

 榎本さんは、いろんな髪飾りを日向にすすめるが、日向はかたくなに拒否していた。


「前髪が無いとこわい」日向はおかしな事を言い出した。

 対人恐怖症かよ。

 さすがに榎本さんも、日向に髪止めをつけることをあきらめた。

 榎本さんは同じデザインの色違いの、可愛い感じのヘアピンを2つ選んで、会計をしてきた。

 2つのヘアピンは2つの小袋に入れられていた。


「これ、おそろい」榎本さんは小袋の一つを日向に差し出した。「よかったら今度一緒に着けよ」素敵な笑顔でそう言った。かなり気合いが入っていた。

 本気か、榎本さん。


 俺は日向がそのうちキレるのではないかと、ヒヤヒヤしていた。隣の田上くんも少しこわばっていた。


 日向は長くためらったが、それを受け取った。

 ずっと素敵な笑顔をキープしていた榎本さんが、ホッとしたような、表情を見せた。


 嫌な予感がするな。




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