第17話 不審者な彼女

 日曜日の朝8時。いつものように駅についた。


 今日は天使はいなかった。


 代わりに不審者が早足で近づいてきた。黒っぽい服装のフードをかぶった地味な人物。


 まあ、日向ひなたなんだけどね。


 今日は抱きつかずに、一歩手前で立ち止まる。改札出た瞬間に抱きつく方がおかしいから、これが普通なんだけど。


 今日の彼女は黒っぽい無地のフード付きのパーカー。黒の作業服みたいな黒のパンツ。へたれたような運動靴といった、悪い方に振り切った服装だった。

 前髪も学校の時と同じく目にかかるように下ろしている。濁った目が髪の毛の間からのぞいていた。

 学校では地味な格好をしているが、埋没するかのようにまわりに合わせていた。

 今日はまわりに合わせることもないやる気のなさで、かえって目立っている。


 彼女は俺に向かい合ったまま、両手を腰の高さで広げた。ハグしろってことか。

 駅の構内の改札付近で抱き合うのは何回目だろう。恥ずかしいし、迷惑だからやめておきたい。俺が迷っていると、

「抱いてください」と彼女は言った。


 観光客がたくさんいる駅の構内で、何を言うんだこの子は。さいわい、まわりはざわついていて彼女のおかしな言葉に気づいた人はいないようだ。


 このままハグしないと、彼女は大きな声で要求してきそうだったので、しかたなしに抱き寄せた。

 彼女は俺の胸に顔をうずめて、「ん」と言った。


 いつもの可愛い日向なら、バカップル的な恥ずかしさはあるが、同時に可愛い彼女が自慢でもある。でも今日の不審者バージョン日向は、恥ずかしい上に痛々しいだけだよ。


 かんべんして欲しい。


「どうしたの。嫌なことでもあった?」

「昨日、お泊まりしてくれなかった」すねたように言う。

 昨日帰ったことの嫌がらせで、こんなダサい服着てきたの?

「あ」彼女は俺がその言葉をどう受けとるか気づいたのか、顔を胸から離し、俺を上目使いで見上げた。

 こびるような目つきがそそるね。

「違うの。ホントは拓海が帰りたくなくなるように可愛くしたいの」


 可愛い。

 うん信じるよ。泊まらないけどね。


 彼女はまた俺の胸に顔をうずめる。

 何かを言い難いのか。

 まあ、わかってるけど。

 今日の予定は田上くんとカラオケだ。後一人ジャマ者がいたか。あの胡散臭い人。


 日向は田上くんを避けていない。ただ興味ないだけとも言う。

 しかし、榎本さんの事は明らかに警戒している。彼女の事をわかってるのか、そうでないのかは不明だけど。


「カラオケ断る?」いや、ダメだけどね。最悪俺だけ行けば田上くんは許してくれるかな。榎本さんは、ダメだろうけど。榎本さんを怒らせようが悲しませようが、俺には関係ないから、まあいいか。

「行く」彼女は意外にも即答した。

「ダブルデートは付き合ってるぽいですよね」顔を俺の胸にうずめたまま、小さな声でそう言った。

 付き合ってるカップルが必ずするイベントでもないけどね。


 彼女は付き合ってるぽい事を、貪欲にやりきるつもりのようだ。ホントは嫌でもやる覚悟か。


 ん?

 俺との付き合ってるぽいイベントも、無理してやってる?


 んー、考えても不毛だから考えないことにする。


 俺たちは彼女の部屋に移動した。

 今日はほめろ、イベントはなかった。彼女は歩いている間、俺の腕にしがみついていた。いつもよりしがみつきかたが強い。

 歩きにくい。

 そしていつもより口数が少なかった。


 部屋についてからは、いつもどおり勉強会。

 真面目だよね。

 俺は早々に飽きて、携帯で練習用のシナリオを書き始めた。後でパソに移して体裁を整える。電車や空き時間に結構書いてる。


 彼女は俺のやっていることに興味がないのか、何も言わずに自分の勉強に没頭していた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 昼前に駅前の待ち合わせ場所に向かった。


 すでに榎本さんは来ていた。私服を見るのははじめてだけど、いつものイメージ通りオシャレな人だ。

 これはいつも通りなのか、いつもより気合い入ってるのか?いつもの私服を知らないから比較できない。

 パンツをはいて、制服のときよりもボーイッシュに見える。


「やっほー」榎本さんは明るく挨拶をしてきた。嬉しそうだ。

 笑顔のほとんどは日向に向けられていたように感じるのが、胡散臭い。

 日向は小さな声で挨拶を返す。腕にしがみつく力が強くなる。俺の後ろに隠れぎみだか、完全に隠れていないところが、頑張ってるね。頑張らなくても良いけど。


「こんにちは。早いね」俺も挨拶をかえす。

「いやー、楽しみで」

 カラオケごときに?いや、わかってるけど。

「三鬼さん、暑くない?」

 4月も終わりで、今日は大分気温が高い。

「ん」日向はちゃんと自分で返事をした。いや、それが普通なんだけどね。

「フードが帽子の代わりになるでしょ」俺が補足する。ホントは顔隠してるだけだけど。


 榎本さんは日向に話題をふろうとするが、日向は塩対応だ。せいぜい「ん」くらいしか返事をしない。

 榎本さんも、話題にしやすそうなオシャレとかを封印されてやりにくいだろう。今日の日向のファッションはひどいからね。ダメ出しのしようすらない。


 それでもめげずに、日向と会話を試みる榎本さんはすごいわ。

 ホント、嘘くさ。


 ほとんど俺と榎本さんが話をしている間に、田上くんが到着した。田上くんも、待ち合わせよりだいぶ早く着いたんだけどね。榎本さんが早すぎるだけだ。


 俺たちが早くついたのは、日向が遅延行為をする恐れがあったから、早めに部屋を出たから。田上くんを待たせると悪いからね。

 意外と早くついた。それでも普段より時間かかったけど。


 4人そろったところで、ダブルデートミッションスタートです。

 まずはファミレスに電車で二駅移動。前回、日向と行った大型のショッピングセンターのある駅だ。

 学校のある主要駅は観光地すぎて、高校生が遊ぶ場所がない。だから、郊外の駅に向かう。

 この駅も観光客が沢山利用するが、商業施設利用者も多い。


 駅近くのファミレスに入る。

 俺は日向を窓際に座らせて、その隣の通路側に座る。ボックス席の反対側に、榎本さんが窓際、田上くんが通路側に座った。


 注文を済ませ、ドリンクバーを注文していたので、俺と田上くんが、女子の分も取りに行った。


 日向はお茶類。俺はアイスのコーヒーを選んだ。

 田上くんもアイスのコーヒーを、榎本さんに果汁ジュースを用意した。

「那智、サンキューな」

「何が」

「俺、ついでみたいだから」

「んー」なんと言おう。あんな田上くんの良さをわからない女子なんか相手にしなくても良いのに。

 俺は曖昧な笑いでお茶をにごす。


「あーん」そしていつもの儀式で、榎本さんをドン引かせた。

 田上くんは、何もなかったかのように榎本さんに話しかけていた。もう見慣れたね、田上くん。

 榎本さんも遠目に見ていたよね。何を今さら。


 そして俺も日向に食べさせる。今回は普通に。


 田上くんの話が上の空の榎本さんに、暗い目で見つめられた。



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