第19話 カラオケ

 今日の目的はカラオケだった筈。

 ていうか、カラオケ来るまでにどれだけかかってんだよ。


 昼前に集合して、もう夕方だよ。


 日向ひなたは何回着替えた?

 榎本さん、飛ばしすぎだ。


 という訳で、カラオケに来ている。


 ここでも榎本さんは、日向への追撃の手をゆるめない。当たり前のように、日向のとなりの席を確保。

 俺と田上くんが並んで座る。

 ダブルデートとは?


 田上くん、そろそろ榎本さんはあきらめたらどうだろう?

 そんな田上くんはハラハラした感じで、女子二人を見ていた。榎本さんとあまり話ができないのを悲しんでると言うより、日向がいつキレるかを危ぶんでいるようだ。

 いや、良いやつだよな、田上くん。

 俺もハラハラドキドキですよ。


「ひなちゃん、この曲は聞いたことあるでしょ?」榎本さんが、リモコンの画面を見せながら、日向と曲を選んでいる。

 日向は首を横に振っていた。


 彼女は音楽をあまり聴かないようだ。部屋にもスピカーとかなかったし、俺といる間音楽を流さなかった。

 一人の時は、スマホとかからイヤホンで聴いてるのかもしれないけど。


「この曲なら、学校で習ったでしょ?」古いアニソンをすすめていた。「聴いたらわかるから」


 ああ、あれか。音楽の授業で習うから知ってるよね。

 日向の学校が榎本さんと同じ音楽の教科書使ってたらね。


 日向は首を傾げていたが、どうやら知っていたようだ。

 榎本さんと日向の二人で歌う。

 主に榎本さんの歌しか聴こえてこないが。マイク使ってんのに、何でそんなに声小さいの?


「先に歌うから」田上くんが、曲を予約に入れた。

「那智の後は歌いづらいから」

 入学したすぐに、親睦のために何回かカラオケに一緒に来て、俺の歌を聴いている。

 あ、男数人で来たのな。


 日向の淡々とした、無表情な歌が終わった。あと、声小さすぎ。

 榎本さんは、高揚した表情。嬉しそうで、何より。どうでもいいけど。

 俺は適当に拍手しておく。


 田上くんは最近の流行り曲を選んだ。彼はきっと、MV動画で練習するタイプ。

 さて、マラカスでも振ろうかな。

 田上くんは頑張って熱唱している。なかなか盛り上がりを考えた選曲と熱のいれようだ。

 俺は楽しくマラカスを振っていた。


 日向はマラカスを振る俺を奇妙な表情で見ている。冷めた目で見るなよ。

 榎本さんは、リモコンで選曲に没頭している。日向と一緒に歌える曲を探しているのか。日向になにか話しかけるが、日向はずっと俺を見ていて、相手にされていない。


 ねえ、俺のマラカスさばきはそんなに興味深いか?

 お前ら、田上くんの歌を聴けよ。


 曲が終わり、田上くんが席に戻ってくる。ハイタッチで交代。俺のターンだ。

「期待してるよ」田上くんが入れ替わるときに声をかける。

 まかせて。


 まあ、俺も動画で練習するタイプ。踊ってみた、だけどね。


 日向は俺がテーブルに置いたマラカスを手に取る。振ってみたかったのか。


「那智ー!」田上くんの黄色くないコールが入る。オタ芸でも打つつもりかい?


 さあ、ショーの時間だ。


 今回はダンスの激しい女性アイドルグループの曲を選んだ。

 男性の曲もできるけど、観客受けを優先。男性曲だとナルシスっぽくみられる危険があるからね。


 ヘッドマイクとかあれば、選択肢は増えるのだけど、仕方ない。

 田上くんが、踊るスペースのある部屋をとってくれたけど、4人客にそんな広い部屋は用意できないよね。


 狭いスペースでのパフォーマンスだが、問題ないね。マイクバージョンのフリをほぼコピーして踊る。完コピできないのは、スペースが狭いためだからね。ホントはできるよ。


 田上くんがノリノリでタンバリンを振ってる。マラカスは日向にとられたから。

 日向は唖然と俺を見ていた。さすがに思ってたカラオケと違いすぎたか?せっかくだからマラカス使えば?

 榎本さんも、リモコンから顔をあげて、俺に注目している。


 ラスト、俺はファンサで投げキッスを。

 田上くんに。

 田上くんは撃ち抜かれたようにのけぞった。ほんと良い男だね。


 日向に投げキッスは、きっとリアクションないだろうし、榎本さんは……、ま、いっか。


 田上くんはハイタッチで迎えてくれた。

 いや、楽しいな。


「え?何?何なの、那智くん?」榎本さんが興奮ぎみで聞いてくる。

「アイドルオタなの?」

 そっちで来るか。


「歌もダンスも習ってたからね」

「そうなの?今もダンスやってるの?」

「やってるのは演劇。歌もダンスもその練習」

 歌劇もミュージカルも範囲内ですよ。


「那智くんは、演劇やってるの?」

「演劇部だから」

「そうなの!」榎本さんが驚きの声を上げる。

 え?俺、演劇ってタイプに見えない?


「演劇部なんだ」日向がボソッとつぶやいた。

 え?って顔で、田上くんと榎本さんが日向を見る。

 日向は特に感慨もなく、俺を見ていた。


「知らなかったの?」榎本さんがわざわざ口に出して尋ねた。

 日向はそれを無視する。


 日向は俺が演劇部だとは知らなかったね。言ってないから。聞かれもしなかったけど。


「ダイジョウブか?」田上くんが小声で、俺を気づかう。

 大丈夫だよ。いつもの日向だから。


 俺が盛り上げた場を、彼女は一言で凍てつかせた。さすがだよ。


 途中席をはずし、トイレに立った。

 トイレから出たところに日向が立っていた。俺を見つけると近づいてきて、裾をつまむ。

 何?待ち伏せ?


「どうしたの?」

「トイレ」

「行けば?」

「拓海が」

「俺は行ったから」

「ん」

 マジでわからん?

「トイレ行かないの?」

「ん」

 彼女はうつむいている。ずっと裾をつまんだままだ。

「嫌なことあった?」

「ん」

「何が嫌だったの?」

 彼女がうつむいているので、俺は少ししゃがみ、下から彼女の目をのぞきこむ。

 前髪で隠れた目がうつろに濁っていた。

「居づらかった?」

「知らない人ばかりだから」

 はい?

「知ってるでしょ!」

「ん」少し間をおく。「いつもいっしょにお弁当食べてる人は拓海の友達。拓海がいないとどうしたら良いかわからない」

 田上くんの名前覚えてないのかな?


 とりあえず彼女はトイレに行きたいわけではないらしいので、部屋に戻ることにした。


 俺の友達と、知らない人がいる部屋に。



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