第15話 灰被り姫

 木曜日授業が終わって、次のコマまでの短い休息時間に日向ひなたはやって来た。

 基本彼女は昼休み以外にこない。

 彼女は俺の横に立つと袖をちょんとつまんだ。前にもあったね。榎本さんが話しかけてきたとき。


「どうかしたの?」

「ん」

 わからない。

「嫌なことでもあった?」

「ん」

 あったらしい。

 俺は立ち上がって、代わりに彼女を俺の席に座らせた。身を屈めて彼女と目の高さを合わせる。

 何か小さい子供と話してるみたいだね。

「あの人が話しかけてくる」と、彼女は困ったように言った。


 やはり榎本さんか。

 元々榎本さんはクラスのみんなに話しかけにいく。男女関わらず。

 榎本さん位の美少女だと、いやがられることはない。俺ぐらいともなると、特に親しくない人に事務連絡と挨拶以外で話しかけると、何こいつ?て顔をされるので、そんな精神に悪いことはしない。

 美少女は良いね。


 そんなわけで、俺も前から榎本さんと話はした。日向も話をしたことがあると思うが、このあいだから頻繁に話しかけられていた。

 どうやら人見知りする彼女にはストレスらしい。話しかけられたら俺の影に隠れるつもりか。


 近くの席のクラスメイトたちに、何してんの?て、顔で見られていた。

 榎本さんに興味を持たれたのはやっかいだね。


 午前中は休息時間のたびに日向がやって来た。やって来るけど特に何も話さない。俺の袖か裾をつまんでいるだけだ。

 二人のときはもっとしゃべるのに、人見知りがはげしいね。いや、これは人見知りか?


 田上くんが、話しかけたときもまともに返事をしない。俺を見て、代わりに俺に相手をさせる。俺、甘やかしすぎかな?


 一度、榎本さんと目があった。

 彼女は友達に囲まれていた。俺にたいして、ちょっと困った顔をして見せた。日向に避けられているのを感じて、話しかけるのを遠慮しているようだ。

 日向よりは充分まともな常識を持っている。大人げないのは日向だ。

 ごめんね。できたらこれにこりて、日向に愛想つかしてくれないかな。


 放課後、すぐに日向から俺の席にやって来た。一人のときに榎本さんに話しかけられるのがそんなに嫌なのか。

 彼女の席の近くで榎本さんが立ち尽くしていた。日向に話しかけようとして逃げられたのだろう。俺達を見る目がさみしそうに見えた。


 日向は背中の榎本さんの視線に気づいていない。いや、気づいていないフリか。なかなか良い性格してるね、俺の彼女さん。


 俺が席を立つと、彼女はすぐに腕に抱きついてきた。

 いつも腕に抱きついてくるが、教室の中では初めてだね。彼女は学校では、長い前髪で顔を隠した、おとなしい子で通している。いつもとのギャップに、何人かに注目されたが、それ以上は何もなかった。


 俺の中では日向にギャップはないので、萌えたりしないよ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 金曜日、俺は継母と義姉たちにいじめられていた。

「ホコリが残ってるわよ」どこかの桟の上を指でなぞる動作をする。古典的だな。

「煙突の中に煤が残ってるじゃない」ムチャ言うな。煙突掃除夫しかそんなとこ入れない。


「どうしてお前はこれぐらいの事もできないのかしら?この家を守るつもりがないのかしら?お義父様が守ってきたこの家なんてどうでも良いのよね?」三女が饒舌に俺を責める。

「そんな‥‥」俺は三女の言葉を否定しようとした。

「なら、どうしてちゃんとやらないの?これぐらいのことは下女でも出来るわよね?お前は下女以下なのかしら?下女より出来ることがあったら言ってごらんなさい」三女はさらに言いつのる。

 これに反論すれば自分が下女であることを認めたようなものだ。連れ子に言われるいわれはない。俺は怒りと恐怖で顔が真っ青になった。


 この嫌らしい性格の三女は高松明里だ。嫌なやつの役をやらせたら右に出るものはないな。

 俺の演じるシンデレラは悔しさをこらえて黙りこむだけだった。


 なぜシンデレラなのか?シナリオなしで即興でできるお遊びだ。ペロー版準拠で魔法使いが出てくる。

 魔法使いは真城たまが演じる。


 そこには怪しげな老婆がいた。胡散臭さと慈悲をあわせ持つ超越者だ。

 先輩はジャージを着ているだけだ。魔法使いとしての記号を何も身に付けていない。

 それでも魔法使いにしか見えない。17才の少女は年齢を推測することすらできないような老婆に見えた。


 ホントこの先輩嫌いだ。


 出番が終わった明里は暗い目付きで珠ちゃん先輩を見ている。俺を見ていない。

 誰も俺の演技なんか見てないのではないのか?との不安に襲われる。

 実際には珠ちゃん先輩は、共演者を食ったりしない。舞台のすみまで、端役にまで目がいっている。

 腹が立つほどの余裕っぷりだ。


 この配役には意味はない。ただのくじ引きだから。


 この後、古典や現代劇、座長の八坂雪の書いた練習用のシナリオを続けて演じた。俺の書いてきた練習用のシナリオも使ってもらえた。


 3年の先輩二人も参加している。

 原田智香部長と佐山依子副部長。部長は運動部系でショートヘアー。運動部の部長を体現している。背も高いが、この演劇部では普通の背丈だ。

 副部長はこの演劇部では小柄だ。世間ではそんなチビではないが、ここでは一番小さい。セミロングの髪で、長い前髪を横で結わえていた。


 二人はこの演劇部ではまともだ。高校の部活としてちょっと変わった部活を選択しただけだ。そして普通の演劇部員と同じ様に、卒業したら演劇をやめるだろう。そして熱量も1、2年生とは違った。


 それは悪いことではない。2年生達がおかしいだけだ。


「那智の書くお話ってコントよりよね」明里が言った。座長が次のシナリオを選んでいるあいまの時間だ。

「ショートだとコントが書きやすい」

「ネクラ脚本家って、コントが得意ってホント?」

「うるさいな」ホントだよ。

「シンデレラみたいな本がいいな」

「?」古典好き?明里が?

「意地悪な継母や連れ子の役は楽しー」良い笑顔だ。

「演技しろよ」

「那智のシンデレラ最高に良かったよ。惨めったらしくって」

「ほめてるんだよな」ムッとしたが、なんとかあしらっておく。

「シリアスも増やそうよ。あとピカレスク」

「悪役好きだな」

「那智をいじめる役が楽しそう」

「わかりやすい記号ばっかり演りたがるんじゃない」

「どうせなら楽しい役が良いじゃない」

 何で意地悪な悪役が楽しいのか。あ、楽しいか。


 次に使ったテキストは、座長の書いた練習用のショートシナリオだった。普通の家庭の日常。と、見せかけて中は闇あり。でも表層はよくある家族。


 真城珠は普通の女子高校生の役。現実と同じ役。


「うわー、珠ちゃん先輩が、普通のJKにしか見えない」明里が言った。

 ホントこわいよね。

 後、明里。今のセリフ、普通の女子高校生が闇を抱えてる感じがよく出来ていたよ。



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