第14話 ランニング
火曜日は部活がない。
放課になって、片付けをしながら、田上くんとどうということのない話をしていると、
彼女はカバンを持っているので、もう帰る準備が終わってるのだろう。無言で俺の横に立つ。
「帰る?」
「ん」
「用意するから待ってね」
「ん」
「じゃあ、俺も部活行くわ」田上くんはこれから部活だ。
「遊びに行くの?」帰ろうとしたら話しかけられた。
榎本さんだ。彼女はにこやかな笑顔で俺たちのところにやって来た。
立ち去ろうとしていた田上くんが、立ち止まった。
ごめん田上くん。榎本さんは田上くんに話しかけたんじやないと思うよ。
日向は返事をしないので、と言うか見もしないけど、俺が相手をすることになる。
「一緒に帰るだけだよ」その後は未定。まあ、真っ直ぐに帰りはしないだろうけど。
「決めてないなら、遊びに行かない?」
「どこに?」なぜ?って訊きそうになったのを、言い換えた。
「カラオケ行こうか?」
無難なところを選んできたね。なるほど、日向の歌は聴いてみたい。あんまり歌ってるところが想像できないが。そう言えば、日向の部屋に行ったとき、彼女は音楽を流さなかったな。
「カラオケいいね」田上くんが食いついてきた。
「部活は?」
「あるね」ガッカリって顔をする。
「榎本さん、部活ないの?」
「んん」びみょうな返事だった。
サボリか。榎本さんは硬式テニス部だったはず。緩い部活だ。
俺は日向を見る。彼女は榎本さんを見ずに俺を見ていた。彼女は興味がなさそうにしていたが、俺と目が合うと、
「二人っきりじゃなくてもデートになりますか?」と訊いた。
「んー、言わないかな」
「ダブルデートならデートになるのじゃない?」榎本さんが口をはさむ。
「榎本さん、彼氏いないよね?」
「いないのよねー。どこかに素敵な人いないかしら?」と、素敵な微笑み。
嘘つけ、彼氏なんて欲しくないよね。
田上くんが、何かしゃべりたそうにうずうずしている。榎本さんはやめておけ。田上くんならもっと良い女と付き合えるから。
「男の子の友達誘ってきたら良い?」榎本さんはダブルデートに乗り気のようです。
田上くんは絶望の表情。
んーどうしようか。
袖をつままれた。見ると、日向が俺の腕のところをつまんでいる。かまってもらえずに暇そうだ。
可愛い。
「田上くんはいつなら空いてる?」榎本さんは田上くんに尋ねる。目は、俺の袖をちょんとつまんでいる可愛い日向にくぎづけだ。
「え?日曜なら空いてるけど」喜びの表情。
「日曜にダブルデートってことで」
「いいね。な、那智」
二人に見られる。田上くんの訴えるような眼差し。断れない‥‥。榎本さんの勝ったような表情。殴りたい。
日向を見る。特に興味無さそう。嫌がってもいないか。
「じゃあ、日曜に」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
水曜日は部活の日だ。
軽く準備運動してからランニングをしている。
学校の敷地から出て、河原を目指す。
ランニングの目的地は何ヵ所か決まっている。河原に公園、高台。
発声練習ができる場所が目的地だ。
今日は河原を目指している。堤防を走っていた。桜並木がずっと、続いている。入部したての頃は、ここが定番のランニングコースだった。満開の桜並木を走るのは気持ちがよかった。桜吹雪のなかを走るのも気持ちよかった。
花見客が沢山いるのは走りにくかったが。
あと、発声練習は迷惑だと思って、気が引けた。
俺と一緒に走ってるのは、座長の八坂雪先輩と監督の市山聡司先輩。2年生コンビだ。
もう一人の2年生、真城
もう一人の1年生、高松明里は、さっきまで一緒に走っていたのだか、徐々に遅れてだいぶ後ろの方だ。
3年生2人はとっくについてこれなくて、見えもしない。
一応座長の八坂先輩が基準のペースであるのだが、だいぶハイペースで、容赦なく脱落させていく。
一人規格外もいるが。どんだけハイスペックなんだあの変人は。
目的地に着くと、急に止まらないように歩きに変えた。さすがに座長はきつそうな表情で息を整えている。自分がペースメーカーなのに、ギリギリまで追い込めるとはなかなかのストイックさだ。あと、長めの髪を運動時にポニーテールにくくってるのはポイント高い。
監督の市山先輩はまだ。余裕がありそうだ。
俺もまだ余裕を残しているが、監督程ではない。
息を整えながら歩いていくと、先に着いていた真城珠がいた。
いや、俺はまだ余裕を残していると言ったが、あれは嘘だ。
真城珠は堤防で土手ダッシュを繰り返していた。
あれはムリ。そんな余力はない。
先輩は土手の斜面を一気に駆け登る。そして、転がるような勢いで駆け降りる。脚力もバランスもとんでもないレベルだ。あのペースでランニングした後、ずっと土手ダッシュをしてたのだろうか?
先輩は、少し離れた橋げたの下まで走っていく。
俺達も先輩について、歩いて行った。
橋げたは堤防の斜面と一体になっている。垂直の壁が堤防から伸びている感じだ。
先輩は橋げたに近づくと一気に速度を上げた。
信じられない。先輩は全力疾走でコンクリートの壁にぶつかりに行ったようにしか見えなかった。
「!?」俺は声もなく叫んだ。
真城珠は壁の直前で斜めに方向転換し、垂直の壁を堤防方向に斜めに駆け上がった。
壁を走る。
高さ5メートルほどで、堤防に向かって跳ぶ。
堤防に着地した先輩はそのまま俺たちの方に駆け降りてきた。
俺はいつの間にか立ち止まっていた。呆然としていたのだ。
鍛えたら壁だって走れるんだ。
‥‥ムリ、できる気しない。
それにあの高さは、失速して落ちたらケガする。走れたとしても恐くてできない。
2年の先輩達は、普通に俺を置いて歩いて行った。見慣れてるのか。
少しすると、明里が到着した。俺は一人でゆっくりとストレッチをしていた。
座長も一人でストレッチをしている。
真城珠は監督とペアでストレッチをしていた。監督が真城珠にストレッチをさせている感じだ。
「珠ちゃん先輩は元気だねー」明里は呆れたように言った。まだ、呼吸が整っていず、つらそうだ。
「さっきまで、走り回ってたぞ」と、言うと、
「マジかー」と、驚いていた。壁を走っていたと言ったら、どんな顔になるのか。
俺は言わないでおいた。今度自分の目で確認してくれ。口ではあれを見た衝撃は表せない。
「疲れたー、もたれさせてー」明里が俺の背中に抱きついてきた。
俺は地面に座り、足をまっすぐ揃えて、前屈をしているときだった。
明里の体重がかかって、むりやり前に倒される。いや、ゆっくりやれば胸が足につくくらいは曲げられる。だか、過重をかけられて押し付けられるのはキツい。
「痛い痛い!」俺は地面に両手をついて、上体を押し返す。
「何しやがる!」
「疲れたから休憩してるだけ」あからさまにわざとやっている。
俺の首を抱いて、背中に体重をかけてくる。明里の顔が、俺の顔の横にある。俺の右頬に明里の左頬がくっつく。汗でベタベタして気持ち悪い。
背中にも、明里の胸が押し付けられているが、そんなことより重い!
「離れろー!」俺は体を反らし、仰向けに倒れる。
背中にくっついていた明里も後ろに倒れて、俺の下敷きになる。
「やんっ」と、小さく悲鳴を上げて、のっかかられた俺の背中から抜け出し、今度は仰向けに倒れている俺の腹の上に、またいで座ってきた。
「ぐっ!」勢いよく腹の上に座られたので、苦しくて変な声が出る。
明里は俺の腹に馬乗りになったまま、上体を倒し顔を近づけ、両手で俺の頬を挟んだ。
「吐きそう」そう言って俺の顔の真上で口を開け、
「うえぇぇぇ」と、わざとらしくえずいた。
「うわ、バカやめろ!」
明里の体を横にどかして逃げようとした。半回転で上下が入れ替わる。
明里が仰向けになる。下から両手を伸ばして俺の両頬をはさんだままだ。馬乗りになってた足は、俺のからだの両脇に広げられている。
俺はおおい被さるように上になっていたが、明里を押し潰さないように肘と膝で、体重がかからないように浮かす。
至近距離で見つめあう。
俺はにっこりと微笑んで、
「吐いていいよ」体重をささえていた、両肘、両膝を地面から離し、全体重を明里の体に乗せた。
「うぎゃー、おーもーいー!」明里が笑いながら叫んだ。俺の下から抜け出そうとするが、力で押し返せず、脇の下に手を入れてくすぐってきた。
「うわっ」俺はつい、膝をついて上半身を起こす。
その隙をついて明里は逃れようとするが、
「しかえし!」と言って、明里を押し倒し、体で押さえつけて、両手で明里の脇の下をくすぐる。
「きゅー、くすぐったーいー!」明里はけらけら笑いながら暴れる。
俺も笑いながらくすぐる。
明里は手で脇の下をガードし、俺の体の左右に出していた足をバタつかせる。足で空中を蹴り上げるが、俺に蹴りが当たらないように気を付けていた。
「1年、いちゃついてないで練習始めるわよ」座長の声がした。
俺は明里に乗っかっていた体を起こして、座長の方を向く。
遅れていた3年生二人のクールダウンが終わったようだ。
「「いちゃついてません」」俺と明里の声がハモった。二人で目をあわせて笑う。
俺は立ち上がり、明里の手を引っ張って立ち上がらせた。手を繋いだまま、また笑いあった。
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