第12話 お買い物
ご飯の炊き上がりを待って、昼御飯になった。
「2人分だと、炊くのに時間かかるのね」彼女は申し訳なさそうにそう言った。
いつもはもっと早くご飯が炊き上がるので、それにあわせて、おかずを作っていたらしい。
台所のテーブルに料理を並べる。
大皿で、豚とキャベツを味噌ダレで炒めたのと、トマトを玉子で炒めたのな2皿。
茶碗は一つしかないので、彼女の茶碗を俺に、彼女は汁椀にご飯をつける。箸も彼女の箸を渡された。彼女はお弁当用の短めの箸を使う。
お茶も出されたが、湯飲みは俺に、彼女はティーカップだった。
独り暮らしに2つも食器は要らないからね。
「食べたら買い物に行きましょう」
「あ、はい」
俺はまた来るんだね。
「いただきます」
「いただきます」彼女にあわせて、頭を少し下げた。
向かい側に座っていた彼女は、トマトを一つ箸でとると、
「あーん」と、俺に差し出してきた。
何?いきなり?
初手あーん?
「えっと‥」
「付き合ってるぽいです」
そうですね。
人前でないだけ恥ずかしくないか。彼女も人前では俺が嫌がるって事を学んだらしい。
俺は差し出されたトマトを食べた。
初あーん、ミッションコンプリート。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
午後、食器をかたづけてから、買い物に出かけた。
彼女は朝と同じくパーカーを着て、カバンを持たなかった。俺も、カバンを彼女の部屋に置いて、手ぶらで出た。
駅に戻り電車に乗る。短い区間で二駅で降りた。
その間、彼女は俺の左手にしがみついていた。
観光客に混ざって電車を降りる。皆と反対方向に歩き出す。
郊外型の大きなショッピングセンターがある。
俺たちはまっすぐに食器売り場に向かった。
先ずは俺の弁当箱を選ぶ。ここは無難にクリア。
次に俺の食器を一式買うことにした。
「これはどう?」彼女は青系の落ち着いた茶碗を選んだ。片手で食器を選ぶのは危ないので、俺の手を離している。
彼女の選んだ茶碗は、悪くはなかった。
「うん、これにしようか」
彼女は俺が持ってきた買い物かごに食器をいれる。続けて同じデザインの小ぶりのピンクっぽい色の茶碗をかごに入れる。
「え?
「おそろい」
「え?」
「おそろい」
‥‥あ、はい。夫婦茶碗ね。
同じ様に、取り皿、箸、湯飲み、ティーカップ、ナイフ、フォーク、スプーンと選んでいった。
ここまでは逆らわず、彼女の趣味にあわせてく。
薬局にも寄る。
歯ブラシを選んだ。
昼食後に歯をみがけってことね。うん、大事。
やはりおそろいで2本。次にフェースタオル。
次にバスタオルを選び始める。
待って、なぜにバスタオルがいるの?
「バスタオルは要らないんじゃない?」
「ん」彼女は少し考える。「荷物多すぎるね。今度にします」
何か恐くなってきた。
「パジャマも今度ね」
同棲する気かよ!
ふくろ二つ分になった荷物を一つづつ持つ。二つとも持つと言ったが断られた。
彼女は俺の空いた左腕を右手でつかんだ。
そうね。俺の両手がふさがっていたら、腕組めないものね。
荷物が多いので、さっそく帰ることにする。
「買い物する前に、他の店まわったらよかったね」俺は彼女にそう言うと、彼女は特に興味無さそうに
「ん」と答えた。
そして無言で少し歩いたあと、
「あ」っと、彼女は思い出したように声を出した。
「ウインドショッピングはデートの定番ですか?」
「そうじゃないかな」
「あー」彼女は失敗したな、というような声をあげる。
「今度は遊んでから、買い物しましょう」
そうだね。
「パジャマ買いに来るときは」
何で?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
また電車に乗って、彼女の部屋に帰って来た。
彼女は鍋でお湯を沸かす。煮沸消毒するのだろう。
俺は部屋に入って、
「見て良い?」と、彼女にたずねた。実家から持ってきたらしい本が沢山本棚に並んでいた。
「ん、上から2段目」
彼女は部屋に入ってきてそう言った。
2段目に、オススメの本があるのだろうか?
「タンスですよ?下着が入っているのは」
何を言っているのか!?
俺は彼女の方を向いた。うまい返しが思い付かない。突っ込みたい。
「日向も下ネタ言うんだ」俺は笑いながらそう言った。
うまく笑えたかな?
彼女はキョトンとした表情。
冗談ではなかったのか‥。
「どうして僕が下着を見たいと思ったのかな?」
「あ、」彼女は間違いに気づいたようだ。
「見たいのは下着姿の私ですよね」納得したように言った。
それはそれで正しいけどね。正しければ良いってもんでもないけどね!
「拓海の好みを教えて下さい。その中になければ買っておきます」
いや、見ないから!
「服ぐらい自分の好きなの着れば良いよ」まして下着なんか、誰も文句言わないよ。見えないから。
「あ、そういうのいいです」何か機嫌を損ねたようだ。
メンドクサイナ。
その後、俺は下着をあさらずに、本棚をあさった。
恋愛小説にラブロマンス。そして歴史小説に歴史書。どんな取り合わせなのか。
そして一番おかしな本は、筋トレ教本や格闘理論書。これらは見なかったことにした。
ほとんど俺が読まない本だった。歴史上の人物ならわかるので、日向に話をふってみる。
と、言っても俺が知ってるのは、織田とか豊臣とか徳川とか教科書に載ってそうな人物ぐらいだ。
高直師とか北畠顕家とかダレ?
チェーザレとかメディッチとかダレ?
夕食も彼女が作った。俺もジャマにならない程度に手伝った。
彼女は白のエプロンを、気にしていた。俺が可愛いと思うようなエプロンに変えたいらしい。
正直なところ、可愛いより機能的な方が良いと思うんだけどな。実用品は。
どうせなら冗談で、裸エプロン、と言ってみようかと思ったが止めた。
ホントにしそうで恐いから。
夕食はスパゲッティーだった。2種類作って大皿に盛る。それとサラダ。
向かい合わせに座った彼女が、いただきますと言って頭を下げた。俺もそれにならう。
サラダのプチトマトをフォークで刺して、
「あーん」と俺の口に差し出してきた。
何これ、毎回やるの?
儀式なの?
あーん、で食べさせられた後、トマトソースの方のスパゲッティーを取り皿にとる。
彼女は動かない。
「食べないの?」
「食べさせて」
‥‥俺もあーんをしろと?
トマトソースのスパゲッティーをフォークで軽く巻く。
「あーん」彼女の口の前に差し出した。
スパゲッティーが何本か垂れ下がって食べにくそう。
彼女は少し考えてから、そのまま口に入れた。上からすするのと違い、垂れたスパゲッティーは彼女のあごにトマトソースをはねさせた。
俺は笑ってしまった。
ごめん、わざとだ。
彼女はここまでわかっていたのか、平然と、
「拭いて」と、言った。
俺がティッシュをとろうとすると、
「口できれいにして」
ここまで計算してたか。
俺は素直に、立ち上がり、彼女の横に座り直した。
彼女は俺の方を向き、目をつむった。
昨日のことが頭をよぎる。トラウマがよみがえる。心を落ち着かすのに数秒。
彼女のあごについたソースをなめる。そしてそのまま、くちづけをした。
昨日より少しだけ長い時間くちびるをあわせた後、もとの席に戻った。
彼女はぼーっとしている。
やっとごはんにありつける。
「お弁当のおかずは何が好きですか?」
食器を洗った後、彼女はそう尋ねてきた。
「いや、あるもので作るしかないよね」
今から買い物にいくつもりだろうか?もう暗いよ。
俺は帰り支度をはじめていた。
「送ってくついでに買い物をしてきます」
「送らなくていいから」
俺を送ったあと、夜道を一人で帰ることになる。
「夜道は危ないですよ?」
「帰り道、日向が危ないだろ?」
彼女はキョトンとした顔をする。
彼女はよくこの表情をする。会話がかみあわないからか?
「どうして?」
「女の子の夜道の一人歩きは推奨されません。襲われたらどうするの」
「私が?」
お前が美人だからだよ!自分が美人だってこと知ってるよね。
‥‥違うな。襲われても負ける気がしないだけだな。
「僕が不安になるから、送らなくていい」
「ん」彼女はあきらめたようだ。
「でも、バイトの後、夜遅くに飲み屋街を一人で帰ってるけどね」
そうでしたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます