第10話 彼女の部屋

 日曜日。

 昨日と同じ電車で隣町まで来た。


 今日の彼女も天使だった。多分明日も天使だろう。


 俺が改札を抜けると、昨日と同じように彼女は小走りで駆け寄って来た。昨日と違って、今日は俺に抱きついた。


 怖い怖い!昨日の恐怖が甦るよ!


 彼女は手を俺の脇の下に差し込み、背中に回し、抱きついている。昨日と違って、力を込めていない、優しいハグだった。


 彼女は頭も身体も、俺に密着させたまま動かない。


 どうしよう?


 駅の構内なんですけど。改札近くだから迷惑だと思います。

 視線を彼女から外して周りを見ると、観光客の夫婦と目があった。生暖かい目で一瞥すると、そのままで駅の外に歩いて行った。


 これは恥ずかしいな。


日向ひなた」俺は小さく彼女に呼び掛けた。

 彼女は顔をあげて俺を見上げた。上半身は少し離れたが、下半身はまだ密着している。あと、けっこう大きい彼女の胸も。


「これは恥ずかしいんだけど」

「私は恥ずかしくない」

 いや、何言ってんのこの子。

「通行のジャマ」

「ん」

 彼女はしかたなく、て態度で腕をといた。代わりに俺の腕にしがみつく。

「昨日はごめんなさい」

 多分昨日のさば折りを謝ったのだろう。

 と言うことは、さっきのハグは昨日の反省をふまえて、痛くないように抱きついてきたって事か?


 ここじゃなくてもよくない?


「あんまり人前で抱きつかれると恥ずかしいからやめてね」

「ん、私が抱きつきたくなったときに、人がいなければ」

 抱きつきたくなったときは、人がいても抱きつくって言ってるよね。

「人前で抱きつきたくてもがまんしようよ」

「そんなことより」

 そんな事らしい。


「今日はどうですか?」抱きついていた腕を離して、俺の前に立った。右手は離したが、左手だけは俺の右手をつかんでいた。

 向かい合って、手を伸ばしてつないでいる。駅の構内で。

 何この構図?とうせんぼ?通行のジャマなことこの上ないな。


 少し離れた分、彼女の全身が見える。これは今日の服装を誉めるミッションだろうか。まあ、そうなんだろうね。


 学校ではじみに目立たないようにしているが、今日も俺にしか見せないからか、いつもより明るい。


 まず目が行くのは顔だ。

 前髪を全部あげてヘッドホンみたいな髪止めで止めているため、顔が光量的にも明るく見える。髪止めも黒色なのに何かキラキラ反射している。カチューシャて言うの?子供とかがしてるイメージなんだけど。

 そのためかいつもより幼く見える。

 いや、背も高いし、どちらかと言えばキリッとした顔立ちの美人なんだけどね。


 服も暖色系のハデ目なパーカー。止めてない前からTシャツが見える。白地だけど真ん中に大きめのなんだかわからない原色系の幾何学模様。オシャレなんだか悪趣味なんだかよく分からない。

 下はズボンだ。白の短パン。ヒラヒラしていてミニスカートに見えるが股下は繋がっている。キュロットって言うの?よく知らない。


 ファッションの事はぜんぜんわからないが、彼女が天使だと言うことだけわかった。


 なんかほめないとダメだよね。顔を誉めるのはやめておこう。何故か不機嫌になるのがわかってるから。

 美人を美人だと誉めるのはNGとか、メンドクサイ。


「えーと、可愛い」

「ん?それだけ?」

「子供ぽくって可愛い」

 彼女は固まった。

「‥‥子供っぽいですか?」不安そうに自分の身体を見下ろした。

「いや、僕の好みに合うから問題ない」

「そうですか」ほっとしたようだ。

 それから思い出したように、

「ロリータとかゴスロリが好きって言ってたものね。子供っぽいふく買っておきます」

 何か変な趣味の人扱いされてない?

「いや、ゴシックも好きだからね。ロリがつかない方の」

「買っておきます」

「いや、買わなくていい。けっこう高いから」あと、十代の子供には似合わないだろ。


 その後、なんとか駅の構内から移動させることに成功した。

 彼女の通学のために、一人暮らししているアパートにまっすぐ向かう。

 彼女は手ぶらだった。パーカーはポケットが大きいので、必要なものは全部ポケットに入るのだろう。

 おかげで、彼女の両手は俺の左腕にしがみつくことに専念できるわけだ。

 歩きにくいよ。


 俺の右手はバッグを持っているので、両手が使えない。バランスとりにくいと、こんなにも歩きにくいのか。

 せめて腕を組む程度にしてくれないかな。


 学校に進む道をしばらく歩いてから、住宅街に曲がった。しばらく歩くと彼女のアパートに着いた。

 学校と駅の間で、いくらか駅よりの場所だった。


 彼女が部屋を借りているアパートは、それなりの築年数が経過している2階建ての鉄筋建てだった。無難な白だが、少しくすんでいる。


 彼女の部屋は2階の角部屋だった。

 ギザギザのないカギでドアを開ける。カギは新しいのに付け替えてあるらしい。


「おじゃまします」

「どうぞ」

 狭い玄関で靴をぬぐ。

 ついたての向こうは、けっこう広いダイニングキッチンになっている。ついたてのところに、後付けのカーテンがあった。来客時に、直接中が見えないように、後からつけたのだろう。

 フローリングのダイニングキッチンだか、小さな敷物が敷いてあって、その上に折り畳みの小さなテーブルが置いてある。

 床に座って食事をするようだ。

 その奥にドアが二つ。どちらかがトイレで、どちらかが風呂場だろう。


 左手がキッチンで、右手にふすまがある。こちらが部屋だろう。部屋は一つのようだ。

 彼女はふすまを開けて中に入る。

 元はフローリングらしいが、大きめのカーペットがあり、真ん中に大きめの机が置いてある。ここでも床に座るらしい。

 後はベッド。その反対に棚と本棚、タンスがある。ベッドの奥の壁は押し入れになっている。入り口の正面は全面が窓だった。ベランダかあるようだ。

 彼女はカーテンを開けた。外はベランダで、ベランダの外壁はコンクリートになっていて、カーテンを開けても、2階なので外からは部屋の中が見えない造りだ。


 彼女はテーブル前の床に座る。後ろにベットがあって、背もたれにできる配置だ。

 クッションを自分の横に置き、

「座って」と言った。


 クッションは一つしかないらしく、自分は床に直に座っている。

 向かいの席ではなく、横の席でもなく、当たり前のように、自分と同じテーブルの辺を勧めてくる。

 まあ、わかってたけど。


「反対側に座った方が広いよね」

「詰めれば大丈夫」

 何が大丈夫なんでしょうか。

 彼女の右横に座る。

 彼女は正座していたので、あまり場所はとっていないが、あぐらで座るスペースはなかった。正座するものなんなので、足をテーブルの下に伸ばして座る。

 二人でテーブルの足と足の間に座るのはムリがあった。

 かなり彼女に密着するように座った。

 いつもは彼女からくっついてくるが、今回は俺からくっついて行った形だ。

 もちろん彼女の狙い通りだろう。


 狙われている。

 これはワナだ。

「クッション、日向がつかえば?」

「いい」

 正座している彼女と、クッションがある分同じ高さか。腰の位置が。

 左手が彼女との間にはさまって、置場所に困る。彼女から離すようにテーブルの上に置く。


 すると、直ぐに彼女は両手はで俺の左手を、テーブルから取り上げた。

 どうやら、お気に召さなかったらしい。

 前もあったな。


 彼女は俺の手を自分の背中の後ろに回し、反対の左側の腰から前に出した。

 俺は左手で彼女の腰を抱いている形にさせられていた。



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