第7話 演劇部

 下着姿の、真城たまの身体が目の前にある。


 いや、どうしろと?


 白の下着は近くでみると、凝った模様が入っていた。ブラもパンツも結構良いもののようだ。そして清潔にしてある。見せるのが前提。

 明里が言うように、先輩はだらしなく見せかけている、だけらしい。


 ストイックなのを隠している?


 ん?最近、美少女であることを隠しているやつがいたな。俺の彼女さんだけど。


「お腹とかすごいよ」

 先輩の後ろにいる明里が、脇から右手を前に回し、先輩のお腹を触る。

 先輩は驚いたように、身体を捻って明里の手から逃げようとした。

 そして、手で明里の手を振り払おうとするが、逆に明里につかまれる。

 明里は先輩の両腕を、背中に回して肘のところでまとめてつかんで固定した。


 先輩めっちゃ身体柔らかいな。どんだけハイスペックな身体作ってんだ。


「お腹触ってみたら?脂肪で隠してるけど、腹筋割れてるよ。すごいんだから」

 なぜお前が自慢するのか?


 俺は言われるがままに手を伸ばし、先輩のお腹をなでた。


 マジで6つに割れていた。


 ‥‥俺も筋トレ増やそうかな。


「私も触っていい?」

 お前、すでにさわりまくってんじゃん。

 明里はつかんでいた手を離して、後ろから先輩を抱き締める。交差した手は、先輩の胸をけっこう乱暴にまさぐり出した。

「すごいすごい!おっぱいおっきい。柔らかーい」大興奮で狂喜乱舞。


 楽しそうだね。


「きゃっ!」先輩が可愛らしい悲鳴をあげて身をよじり、抜け出そうとする。

 キャラ作れてないよ。ただの可愛い女の子になってるから。


 潮時です。

 俺は立ち上がって、明里の脇腹をツンとつついた。いちおう手加減した。する必要はなかったかも。


「うにゅ!」明里は先輩から手を離し、脇腹を押さえた。驚きで目をぎゅっと閉じてる。静になった。敏感だね。いや、痛かったか?


 先輩は、明里から距離をとり、胸を両腕で抱えるように隠した。

 堂々と見せられるより、こっちの方が色っぽいよな。いや、そんなことは後回しだ。


「落ち着け、明里」


 明里はぎゅっと閉じてた目を恐る恐る開けて、俺を上目使いにうかがった。いきなりで怯えているようだ。そんなに痛かったか?


「先輩が怖がってるだろ。怖がらせないように、やさしくな」怒ってないのをわからせるように、できるだけやさしく言い聞かせる。


 涙目だった明里の目に強気な光が戻った。


「痛いよ。私は、私が痛め付けたり、痛め付けられてる人を見たりするのは好きだけど、自分が痛め付けられて喜ぶ性癖はないから」

「お前の性癖なんか知らん。興味ないよ!」


 最低なカミングアウトだった。


「えい」明里は俺の脇腹を強くつついた。

 いて!けっこう痛かったかぞ。人差し指とかでかわいく突っついたのではない。抜き手でつっついてきた。


「何しやがる!」

 俺も反撃する。さっき、思ったより痛かったらしいので、人差し指で脇をツンツンする。


「ひゃん!」脇を腕で守りながら飛び下がった。何かおもろい声でるんだ。

 調子にのって更に追いかけてつっつく。


 明里も反撃してくるが、かまわず突っつきまわす。脇腹を腕でかくすが、開いた背中や腹にも攻撃を入れる。

 明里は、「にゅ!」とか「きゅぅ!」とか「きゃん!」とか「にゃあん!」とか「いゃるん」とかおもしろ色っぽい声を連発する。同じ悲鳴が被らないように気をつける余裕っぷりだ。


 二人して笑いながらつっつきあう。くすぐったいのか、楽しいだけなのか、わからなくなってきた。

 明里は笑い疲れたのか、先輩の後ろにまわりこみ、後ろから両肩をつかんで盾にした。


 先輩は下着姿のまま、さっきから唖然とみているだけだったが、急にからまれて身を固くする。さっき胸をもまれたからか、両手をぎゅっと握りこんで、両腕を胸の前で合わせるように、縮こまる。

「珠ちゃん先輩、助けてー」

「ええ?!」先輩はうろたえたように、後ろの明里を見て、それから俺をみた。

 どうしよう?って、心の声が聞こえた。


 知らんがな。


 三人とも動けず膠着する。


 しかしながら、というかやはりというか、はじめに動いたのは明里だった。

「えい」

 明里は先輩の肩から両手を離すと、先輩の後ろから、両脇をつっついた。

「きゃあっ」先輩が可愛い悲鳴をあげて、明里から跳ねるように離れてしゃがみこんだ。


 ひどいな、お前。助け求めといてそれですか。さすがです。


 明里は満面の笑顔で先輩を見下ろしていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「「お早うございます」」男女の声が入り口からした。


 そのときは、明里が先輩の手をとって立ち上がらせ、「ごめんごめん、もうしないからゆるしてー」っと、笑いながらあやまっていた。まったくその気もないくせに。


 俺は暇なので、先輩の半裸を鑑賞しているときだった。


 入ってきたのは2年生の二人。2年生部員は真城珠を含めて3人だ。

 男性が市山聡司。監督と呼ばれている。公演で舞台、照明、音響までやっている舞台監督だから。

 人手が足りないからやってるだけで、本分は役者。タッパもある中々の男前で、二枚目俳優である。


「珠!はやく着替えろ!」監督は早足で先輩に近づくと、首根っこをかかえこみ、カバンを持って舞台袖の袖幕に連れていった。先輩はなされるがままだ。さっきまで呆然としてたから、何の反応もできてない。


 大柄の男が、半裸の少女をヘッドロックで物陰に連れ込む。ひどい絵面だ。

 ま、その原因を作ったのは俺と明里なんだけどね。


「二人とも、珠で遊ぶのはほどほどにね」女子の方の2年生が、俺たちに声をかけた。怒ってないことをわからすように優しく声をかける。


 えー。

 でも、ほどほどなら先輩をおもちゃにして良いんだ。


 明里は「えー」と、声に出して不満を表していた。


 この2年生の女子部員は、八坂雪。

 みんなに座長と呼ばれている。

 脚本と演出を担当している、この演劇部の実質のボスだ。


 優しい先輩である。

 嘘である。

 優しく、高度な要求をしてくる、鬼演出家である。


 腰まで届きそうなさらさらのロングヘアー。柔らかい知性を感じさせる目をしている。

 どこか良いところのお嬢様然としている。実際はそんなこと無いと、本人は言っていたが。


 座長は困ったように苦笑するだけで、明里の不満をスルーした。

「二人とも、着替えましょう」


 練習の時間だ。



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