第6話 珠ちゃん先輩

 真城たまはボレロのリボンを、外し、さらにボレロを脱いで机においた。

 次にブラウスのボタンを外しにかかる。


 いつも彼女は、俺がいても気にせず服を着替える。

 2年や3年の先輩がいるときは、ちゃんと袖幕の裏で着替える。先輩達は、真城先輩が、男性の前で着替えると怒るからだ。

 1年生の男子部員は俺しかいないから、俺の前で着替えると怒ると、言い換えてもいい。

 ちなみに、俺以外の男子部員は2年生に1人いるだけだ。

 なぜ演劇部って、女子生徒ばかりなのだろう?


 演劇部では部活の開始時間は遅めに設定されている。

 委員会や放課講習があったりするからだ。

 1年生の俺は特にすることはないので、授業が終わると直ぐに部室に来る。

 同じように、もう一人の1年生部員も早く来る。


 しかし何故か1番乗りは2年生の真城珠だ。


 絶対、授業サボってるよな。少なくともホームルームは出ていないはずだ。でなければこの時間にいるはずないからね。


 今日はもう一人の1年生がきてないから、先輩のセクハラを受けるのは俺一人だ。


 うん、せっかくだから逆襲しよう。どうせならかぶりつきで、着替えるところを見学することにする。

 彼女が着替えに使っている机にはイスが備えられている。

 俺は彼女に近づき、イスを出して、彼女の真横に座った。彼女の方を向いて。


 彼女はブラウスを脱ぐと、俺がま近くで見ているのも気にせずインナーも脱ぐ。

 上半身はブラだけになった。

 結構大きい。

 彼女は背も、女性の平均よりは高い。舞台女優としてはアドバンテージだ。

 体も引き締まっている。

 怠惰でだらしない性格のくせに、贅肉の無いプロポーションをしている。


 だらしない身だしなみも、脱いでしまえば関係ないね。


 演劇は体力を必要とする。舞台上で2時間程度動き回る体力を得るためには、日頃からトレーニングは欠かせない。

 真城珠という女子生徒はゴミだが、演劇にだけは真摯だ。


 彼女はスカートも脱いで机においた。

 これで彼女は下着だけになった。

 いや、せめてジャージの上を着てからスケートを脱げばいいのに。

 ここでやっと、カバンからジャージを出そうとする。


 俺はこのタイミングで話しかけた。

「やっぱり大会は出たくないですか?」

 演劇部の話題だから、9月にある高校演劇の地方大会のことだ。

 彼女はカバンから手を離してこちらに向いた。

 下着姿の先輩を、正面から鑑賞できるようになった。

 喋らずに立ってるだけなら、美術品なんだけどな。

「私は舞台に立てるならどこでもいいよ。座長と監督が決めたことに従う。もっとワクワクできる舞台を用意してくれるよ、きっと」

 ゴミのくせに、先輩らしいまともな事言ってる。


 彼女は律儀な性格で、話しかけられると、何かの途中でも手を止めて向き合う。

 特に演劇の話だとそうなる。

 たとえ着替えの途中で半裸になっていたとしても。


 そう思って試してみたら、ほんとにそうなった。

 彼女の真摯さにつけこんで、彼女の半裸姿を鑑賞している俺は、真摯さが足りないかな。

 うん、反省は後回しにしよう。

 今は目の前の芸術品を目に焼き付けなければ、それは芸術に対して真摯とは言えない。


 その後も会話を続けたが、ヤバイ、会話の内容が頭に入ってこない。


「先輩はどうして、人前で着替えられるのですか?恥ずかしくないですか?」

 なんか、思ってることが勝手に口からでた。まずいな。彼女に着替えの途中であることを思い出させてしまったか?


「なれないとね」

 え?不思議な返答だ。

「早着替えとかあるでしょ?舞台袖で着替えることとかあるだろうから、人前で着替えるのもなれないと」


 なんだと?!


 これも、練習だったのか?


「本番中の舞台袖で着替えてても、気にするような余裕のあるスタッフはいないと思うけどね」

「短パンとTシャツ下に着とけば良いんじゃないですか?」

「衣装によっては、ムリなときがあるかもよ。それに、舞台上で着替える演出もあるし」

 そんなのあるの?


 後で座長に尋ねたら、ヨーロッパの演劇では、舞台上で全裸になって着替える演出とかは、別に珍しくないらしい。特に古典オペラとかでは。


 彼女は再びカバンに手をかけ、着替えを再開しようとした。

 俺はまた何か話しかけて、着替えの手を止めようとしたときに、部室のドアが開いた。


「お早うございます」

 元気な少女のあいさつ。


 入ってきたのは、ムダに明るい雰囲気の少女。明るい色の、肩より少し長いストレートの髪。いたずらっぽい、くりくりした目をした、小動物を連想させる可愛らしい女の子だ。


 でも彼女も演劇部員だ。

 つまり変人の一人。騙されないでね。

 小柄な可愛い女の子に見えるが、わが校の演劇部員は、みんな舞台映えする身長と体躯をしている。

 彼女は部員のなかでは小さい方だが、他の生徒とくらべては小さくはない。

 彼女は二人しかいない1年生のもう一人。

 高松明里。

 可愛いのは見た目だけと、断っとくね。


「おはよー」俺は返事を返す。


 先輩も返事を返そうと、振りかえる。が、返事をする前に、

「珠ちゃん先輩かわいー!」明里はいきなりなテンションで先輩にかけよって、両手でその手を握る。

 いきなり両手をつかまれた先輩は、何か喋ろうとしたが言葉にできてない。


 明里は先輩の左右の手を別々に握って、勢いよく、パタパタと振り回す。

「珠ちゃん先輩、可愛い下着ー!何で裸なのー?エッチッチさんなのー?散歩いく?このまま外に散歩行く?つれ回していい?楽しそー!」

 スーパーハイテンションな明里だった。


「着替え中だよ、変態。自重しろ」

 俺が話しかけると、明里は俺の方を向いた。俺がいることに、今気づいたような顔をする。そしてすねたように、「ずるい。ずるいよ、那智。なに一人で、珠ちゃん先輩で遊んでるの?独り占めするのダメ、絶対。メ、だよ」


 おもちゃを取られた子供かよ。


「珠ちゃん先輩、私も遊んでいい?」明里は、先輩に向き合うといきなり抱きついた。後ろに回した手を、先輩のむき出しの背中や腰を、まさぐり出す。

 先輩はいきなりな、同性後輩のセクハラ攻撃に言葉もでない。


「すごいすごい!珠ちゃん先輩、いい匂い。お肌もすべすべ。すごい張り。鍛えぬかれた筋肉。もー、怠惰なふりして、どんだけお手入れに時間かけてんの?どこまでストイックなのかしら?食べていい?」


 そんなにすごいのか?あと、最後におかしな台詞が混ざってなかったか?


「すごいよ珠ちゃん先輩のからだ。那智も触る?」

 明里はそう言うと、抱きついていた腕をといて、先輩の身体を俺の目の前に押し出した。



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